名古屋駅から中央本線で20分、岐阜県との県境に位置する春日井市。駅から15分ほど歩いた住宅地の真ん中に成人映画館『春日井ユニオン劇場』がある。「住宅地に映画館が建ったのではなく、戦後間もない頃に建った映画館の周辺に住宅が出来たんです。昔は近くを走る中山道が栄えていて人の流れは凄かったらしいですよ」と語ってくれたのは代表の加藤由紀さん。支配人を務めるご主人の正日氏と夫婦二人三脚で運営されている。まだ周囲が芋畑だった戦後間もない頃から続く映画館を新東宝の社員だったお父様が引き継がれたのは昭和53年のこと。ちょうど閉館していたコチラの劇場を見つけ「やはり映画人だったからでしょうね…“小屋が無くなるのは寂しいから開けようよ”と買い取ったのです」


正にブームの真っ只中だった成人映画館としてオープンし、全盛期には土曜日のオールナイト上映に300人ものお客様が訪れたほど。今でもビデオよりもスクリーンで観たいという根強いファンが多く、日中のロビーでは映画の合間に常連のお客様が談笑している珍しい光景が見られる。元々、新東宝に在籍していた根っからの映画人だったお父様のお仕事を子供の頃から側で見続けてきた由紀さん。新東宝のフィルムを保管する中京倉庫近くにあった社宅に住んでおり入荷されたフィルムがキレイに修正する様子を見てきたからこそ映画に掛ける思いは人一倍強い。「子供の頃から映画製作・配給サイドの立場から映画館主を相手に仕事をしていた父の苦労も見てきました。盆も正月も無く映画館を廻り続けていましたからね。どちらも欠けては成り立たない関係だからこそ、自分が映画館主となった今は両者の気持ちを理解出来るのが良かったと思います」フィルムを荒縄で縛って暑い夏に運搬車で駅まで運んでいる父の姿を見てきたからこそ、どうしても許せないのは成人映画だからと言って場内で好き勝手な事をする観客だという。





今から30年前はコソコソ顔を伏せて映画館に入ってきたお客さんも時代が変わって堂々と入場出来るようになったのは良いのだが「ピンク映画をやっているというだけで蔑んで見る方も多いと思うんです。でも、どんな映画を掛けていても映画館であるという意識を無くしてはいけないんですよね」だからこそ、来場された人たちが快適に映画を観る環境作りを何よりも一番に考えており、そのためにはマナーの悪いお客様に退出してもらう事も辞さない。「映画館は多勢の人が集まる場所ですから公衆のマナーは守ってもらうのは当たり前。そういった意味ではウルサイ劇場ですね(笑)」映画館経営で一番大事に思っているのは館内の品格を保つ事…そのためには何度注意しても守らなかったお客様を出入り禁止にした事も。「本当にピンク映画が好きで来ているファンのお客様がたくさんいらっしゃるから、そういったお客様のためにも迷惑を掛ける事だけは絶対に許せないんです」

安心して映画に没頭出来る環境が整っているからこそ女性客が増えてきたというのも納得出来る。メインのお客様は年輩の方だが、女性の一人客やカップルのお客様も多い。勿論、女装やゲイのお客様も見えられるが、共通しているのは映画を純粋に楽しみたいという方ばかり。ロビーにたむろしているお客様同士が世間話に興じて、いつの間にか加藤さんご夫婦も加わる。館主さんとお客様の距離が近く、最近では殆ど見かけなくなった社交場が形成されているのに驚く。勝手知ったる常連さんたちもご夫婦がカウンターを離れてしまった時にはお客様が来るとちゃんと誘導してくれるという。「この仕事をやっていて嬉しいのは、映画が終わって帰られるお客様から“ありがとう”“おやすみなさい”と、声を掛けられる時」勿論、コミュニケーションを取りたがっていないお客様に対しては声を掛けないようにする等、一人一人に注意を払っているという。今でも多くのお客様が訪れる理由は、それぞれの観客に合った気配りの接客をされている証しなのだ。


入口のドアを開けるとすぐ横にチケット売り場と受付カウンターがある。ロビーではいつも常連客が談笑したり、新聞を読んだり…と、思い思いにくつろいでいる。テーブルの上にはお菓子がいつも用意されているという嬉しいサービスも。時にはお客様から差し入れのお菓子を持ち込まれる事もあるそうだ。場内は100席ほどのフラットだが適度な広さが心地よく、思いのほか大きなスクリーンが印象的だ。快適に過ごしてもらいたいからと徹底して清掃されている場内。「常々、父が言っていたのは“どんなに古い小屋でもトイレをキレイに保つのを怠るな”という事でした。」その思いはいつしか自然と観客自らキレイに利用する事を心掛けている相乗効果を生み出すといった珍しい現象を見せる。映画館の隣にある喫茶店もお二人が経営されているが、コチラはあくまでも映画館を利用された方限定。「最初は普通に喫茶店もやっていたんですけど…夫婦二人で映画館を切り盛りしているから喫茶店まで手が回らなくてね。」と笑う。上映作品はご夫婦で配給会社の人と相談しながら選定されている。平均して人気があるのは日常的な物語の中に笑いの要素があるような観ていて明るくなれる映画だという。かつて高橋判明監督や山本晋也監督作品の痴漢電車シリーズや団鬼六監督の縛りものといった特色のある作品が人気があったそうだが、共通しているのは内容がしっかりしているという事。


お二人はただ映画を提供するだけではなく作品がツマらない時は配給会社に文句を言う事もあるそうだ。「今まで山あり谷ありの大変な時代をたくさん見てきましたけど、私は映画界を斜陽だと一言で片付ける事だけはしたくないんです。テレビやビデオが出たから、映画がダメになった…と言いわけにしたくない。それを認めるのは悔しいし、だからこそ頑張ってこれた。」と振り返る由紀さん。結局はアダルトビデオが出始めた頃に離れたお客様も最終的には戻って来たという。カウンターからご主人がお客様に「今日の映画はどうだった?」と尋ねると即座に答えが返ってくる。ピンク映画をカルチャーとして捉え真剣に向き合っている観客がココにはいるのだ。「私にとって映画人だった父の存在が大きく、だからこそ映画館を続けて来れたのだと思います。父は最後まで映画に対するプライドを持って生きていた人だったのでその精神は守りたいですね」最後に笑顔で述べた由紀さんの言葉が強く心に残った。「やっぱり、映画ってとってもイイ世界なんですよ」(取材:2012年9月)


【座席】 100席 【住所】 愛知県春日井市八事町1-45 【電話】 0568-81-3381

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