開場する20分前…ちょっと早いけどイイかい?と言って入場券を購入した一人の老人。まだ誰もいない場内の最後尾に腰を下ろすと、袋からガサガサと大きなコッペパンを出してパクリ。「あぁ、今日は金曜日か…」と受付で支配人はつぶやく。どうやら、土曜初日で番組が切り替わる最終日の金曜日に、その老人は現れるらしい。広島駅からJR山陽本線で隣の駅、電鉄横川線の始発駅である横川駅から少し離れた本通り商店街にある成人映画館『横川銀映劇場』で繰り返される光景のひとつだ。 駅前には新しいビルが建ち並ぶ一方で、駅の脇には小さな店がひしめき合う昭和の雰囲気を残した商店街が存在するなど独特の文化を形成している。横川はB級グルメの宝庫でもあり、ミシュランガイド広島にも掲載されているお好み焼き屋など数百メートルほどの路地を行き来するだけで意外な発見がある。そんな街で昭和29年に創設された客席234席の“銀映劇場”は、邦画の三番館として大いに活況を呈していた。 |
「昔、川を使って運んできた材木を下ろして、空になった舟に買い物をした物を載せて県北の方に帰っていたそうです」語ってくれたのは支配人の佐伯晃一氏だ。「だから横川は商店街から栄えた町なんです」市内を流れる川が分岐して出来た中洲にある横川町は舟によって様々な文化が運ばれて、現在のような雑多な街が生まれたのかも知れない。佐伯氏のお父様・茂氏が創設された当時は2階席のある劇場で、東映、松竹、新東宝、日活作品の3本立て興行を行っていた。「僕が小学校の頃、劇場の前に入場券を買う長い列が出来ていたのが記憶にありますよ。“網走番外地”とか“トラック野郎”、“仁義なき戦い”が、すごく人気がありましたね」と、当時を振り返る佐伯氏。やはり広島という土地柄か、この界隈は東映映画に人気が集中していたようだ。学校が終わったら、家ではなく両親が働いている映画館に直行して事務所で食事や宿題をしていた幼少期の佐伯氏の思い出は映画館で彩られている。「昭和44年まで、父は白島と可部にも映画館を経営していて、結構手広くやっていました」最盛期には横川町にも映画館はたくさんあり賑わっていたが、やがて日本映画の斜陽化と共に観客が激減した昭和48年に成人映画への転向を決意する。 |
「ちょうど、日活がロマンポルノに路線変更した時です。当時は東映もピンク映画を作っていたので、その流れで東映と日活の成人映画をかけていたんです」言わずもがな、この決断が大成功を収め、それまで一日数人しか入らなかった日もあった場内に再び活気が訪れ、当時の日活ロマンポルノには満席となる日も珍しくないほどの反響を見せた。中でも土曜日のオールナイトはすごかった…と佐伯氏は語る。「当時は女優さんにお客さんが付いてましたからね。人気があったのは風祭ゆきが断トツ、作品数は少なかったけど三東ルシアも掛ければ確実に入りましたね。作品ですと“女教師”シリーズは強かった。休日は立見だったし、土曜のオールナイトなんかは、夜中の12時から明け方まで130人近く入ってましたね」当時の日活は勢いがあり、オールナイトをやれば、その分キッチリ回収出来たという時代だ。 『横川銀映劇場』が現在の建物になったのは、まだ成人映画の勢いが続いていた昭和56年の事。「それまでの劇場が二階席まであって広かったので、冬はいくら燃やしても暖かくならず、光熱費が掛かって仕方なかった。まぁ、成人映画の来場者数を考えたら、そんなに大きな劇場はいらなくなった…というワケです。小さくしたおかげで長く続けられたと思いますよ」と語る佐伯氏が、映画館を引き継いだのが22歳の時の事だ。それから10年近くは普通に成人映画を観に来られる方が多かったというが、ほどなくして成人映画の勢いも年々失速を続ける。現在、上映しているのは日活時代からのお付き合いで新日本映像だけを一週間切替の三本立てで上映を行っている。「新作を年間3、4本くらいしか作っていないので、再映ばかりで正直ツライですよ」というが、実はコアな成人映画ファンにとって、お宝作品に巡り会う事が出来る貴重な映画館でもある事をご存知だろうか。取材時、入口に貼られていたのが、昭和48年に製作された日活の名作“マル秘大奥外伝 尼寺淫の門”のポスター。まだ脇役時代の宮下順子が出演されていた作品を上映しているのが嬉しい発見だ。「昔の写真を引っ張り出して…苦肉の策です。好きな人にとってはタマランと思いますよ。ただ、告知が行き届いていないので、お客さんが入るかと言ったら、それは無いですね」と、佐伯氏は笑う。 |
以前は横川の飲み屋から流れて来て、始発までオールナイトで寝て帰られる方が多かったというが、現在は夜の7時くらいには閉めるという。その原因はアダルトビデオの普及だけではなく、横川の街自体が変わってしまったと佐伯氏は言う。「学生が多くなったため、サラリーマン相手の飲み屋とかも減って、駅の反対側に人の流れも変わってしまったんです。この20年でココの通りにあった店も全部無くなってしまい人が通わなくなってしまった。商店街も何か考えなくてはダメなんですけどね」現在は、昔ながらの年輩の常連さんと出会いを求めて利用されるゲイのお客様で支えられているが、それでも年々知った顔ぶれも少なくなっているという。「こうしたお客様がいる限り続けたいと思いますが、いよいよ新作が出なくなったら、そこが潮時かな…」暗くなった場内にポツンと灯るトイレの明かり。パンを頬張りながらスクリーンに映し出される男女の絡みを眺めている老人客の姿に郷愁めいたものを感じてしまった。(取材:2014年8月) |
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