「旧館とは趣がガラリと変わり驚かれると思いますよ」19年ぶりに取材を申し込んだところ、開口一番そんなメールを返信してくれたのは名古屋最古の木造建築の映画館『中村映劇』三代目館主の小坂健一氏だ。初めてこちらの成人映画館を訪れたのは平成17年12月で、ありがたいことに取材後すぐ劇場の公式サイトから長年リンクを貼っていただいていた。すっかりご無沙汰している間に最寄駅の駅名が、地下鉄桜通線「中村区役所前」から「太閤通」に変わっていた。『中村映劇』は小坂氏のお祖父様が昭和8年3月14日に創設された『旭座』という芝居小屋が前身で、開館時には浪花節と浪曲の公演が行われたという記録が残されている。劇場のある中村区は、江戸時代から東海一と言われた旧赤線中村遊郭のあった場所で、今も遊郭時代の歴史的建造物が建ち並んでいる。通りを挟んで映画館の斜向かいにある中村観音(白王寺)は、そんな遊郭で命を落とした身寄りがない娼妓の無縁仏を供養するために建てられたお寺だ。その境内には「芸」と一文字を彫られた「芸人塚」という名の石塚がある。芸どころとして栄えた名古屋は東西芸人の交流地となっており独自の芸風が生まれた土地だ。その行跡を称えるために藤山寛美を始めとする有志によって建設されたものだ。まさに『中村映劇』のある場所は名古屋文化の光と影が融合する歴史的にも貴重な場所なのである。 ここ中村・大門界隈は戦時中、空襲を逃れることが出来たため、映画館は被害は受けておらず、殆ど当時のままの姿で現存していた。屋根には昭和初期に流行した彫刻や2階席が現役で残っており、一歩場内に入ると高い天井が昔の映画館らしい雰囲気を漂わせていた。創業翌年には館名を『常楽館』として興行を続けていたが、戦後間もなく『中村映画劇場』となり日本映画最盛期の昭和30年代には『中村東映』という館名で大映や東映作品を上映していた。昭和40年を過ぎた頃に現在の『中村映劇』となり、成人専門館に路線を変更したのは昭和60年から。まさに斜陽期の映画館にとって成人映画が救世主となった時代だ。メイン通りの太閤通から一本入った中村観音通りを歩いていると閑静な住宅街の中に建つ映画館に足を止める観光客も多かった。「名古屋で現存する最も古い映画館だったので名残惜しむ人もいましたけど、建物自体ガタが来てましたからあのまま続けても10年は持たなかったでしょうね。それに木造の古い建物でしたから外に音漏れがあってご近所の方にも迷惑を掛けていたので建替を決断しました」そして令和3年8月1日に旧館を閉館して、1年かけて改築工事を行い、令和4年7月1日に完全リニューアルオープンした。 旧館時代は正面のショーケースに映画のポスターを貼っていたが、新館は一見するだけは映画館っぽさが感じられず、映画館と気づかず素通りしてしまう人も少なくない。入口の自動ドアを開くとチケット窓口がある。自動券売機ではなく有人にしているのは、お年寄りが多くシニアの証明書を都度目視で確認されているからだ。チケットを購入して奥に進むと長い通路がある。特長的なのは通路の一番目に付くところに大きな多目的トイレがあるところ。こちらは障害者だけではなく女性用のトイレとなっている。これも女性が一人でも安心して利用出来るように劇場側の配慮だ。場内は90席から72席に減らして、かつての2階部分は全てワンフロアのロビーとなった。「従業員を雇わず夫婦二人で運営しているので、儲からなくても今くらいの座席数が丁度イイのです」最前列の12席は特別席となっており、誰にも干渉されずにゆっくりと映画を観たい方や女性・カップルで来場された時には、入口で申し出れば、追加料金の必要はなく特別席を案内してくれる。「今でもウチに来るお客さんの多くは出会いを求めて来るゲイの方もいらっしゃるので、純粋に映画を楽しみたいという男性のお客様にとって特別席は映画に集中出来ると重宝いただいています」 |
建物が新しくなったことで、新しいお客様…特に若いカップルが増えてきた。「入口まで来て興味深そうに覗いて引き返すカップルがいらっしゃいます。でも皆さん一回入ってしまえば安心されて映画を楽しまれていますよ」旧館の頃は女装の方とそれを目当てに来る人が多かったため一般のカップルは入りずらかったのは事実だ。「女装したまま来場される人も多く、周りから変な目で見られるようになったのです」閉館の1〜2年前から女装家の方が全国から集まるようになって一時期は収集がつかなくなったという。「何かにバズったのでしょうけど…とにかく大勢来られていました。場内は女装の方ばかりで本当にすごかったですよ。そうするとトラブルも起きますし…そこで場内を厳しく取り締まるようにしたのです」せっかく新しく生まれ変わった建物で同じことを繰り返して欲しくないと、小坂氏は徹底的な対策に踏み切ったのだ。「時代が時代ですから昔みたいに場内が無法地帯では長く続けられない。モニターで監視して場内で複数の人たちが怪しい行為をしているとライトを持って注意しました」 |
場内に入る自動ドア横にある階段で2階に上がると広いロビーがある。オープン時にはコチラのロビーで演奏会を開催された。ロビーにはテレビや応接セットが備えられており、利用者は映画の合間にロビーに上がって、テレビを見たり新聞を読んだりと思い思いの時間を過ごしている。気をつけたいのは、以前は入場後の外出は自由だったが、現在は外出は禁止となっている。一度、出口から外に出ると再入場の際は再度入場券を購入しなくてはならない。「どうしてもお客さんの顔だけで、一時外出の方かどうか判断出来ないので…。その分、ロビーを広くして1日中過ごしてもらえるようにしました」今では勝手を知っている常連さんは毎日お弁当を持って来られる方もいるそうだ。朝、開場と同時にやって来て夕方近くまで映画とテレビを楽しんで、顔見知りがいたら話に興じる。映画も1本が1時間程度だから中抜けしやすいのだ。「1日の上映スケジュールは、大体が朝イチの回を旧作にプログラムしているので、観たことがあるという常連さんはロビーで過ごしたりして…お客さんの方が心得ていますよ(笑)」 |
「昔から映画館は場内で起こることには関知しないというのが暗黙の了解でしたが、今の御時世ではそうも言っていられない。犯罪を未然に防いだり抑制することを一番に考えました」こうした対応を繰り返すうちに徐々に迷惑行為も減っていき、今では純粋に映画を観たい人やカップルが殆どとなった。「基本的にウチは映画館ですからね。映画を楽しんでもらうために場内も整備してロビーも広くして、1日ゆっくり過ごして映画を観て帰っていただく…まぁ本来の映画館での楽しみ方をしてもらえるようにしたのです。おかげで若い人たちが来るようになり、場内の雰囲気は昔とは明らかに違います」新生『中村映劇』のモットーは「誰もが安心して観賞できる映画館」だ。場内には監視カメラが設置されているので一人で来場される女性の成人映画ファンにとっても安心出来る体制となった。「今でもたまに置き引き被害があるんです。やっぱりカラミのシーンでお客さんの意識が逸れている時に被害にあってしまう」だから常連さんは最低限のお金だけしか持って来ないそうだ。そこで1階にコインロッカーを設置して、小坂氏は貴重品を預けるように促している。「最近はようやく荷物を預けてくれるようになり、そうしたトラブルも減ってきました」また監視カメラのおかげで犯人は100%逮捕されているという。 上映作品は以前に比べて新作が格段に増えた。従来のOP映画・新東宝・エクサスフィルムに、レジェンド・オンリーハーツ・彩プロの作品が加わり、金曜切替で1週間の3本立興行を行なっている。以前は「フィルムでは古い映画しか無いから再映を繰り返して、常連さんからまたこれか…≠ニ言われてます」と嘆いていたのを思い出した。新日本映像や新東宝が新作の映画製作を打ち切ってからOP映画のみで月1本のペースでしか新作が提供されなかった時代が続いただけに、新しい顧客の発掘につながると小坂氏は期待する。確かにホームページでラインナップの変化を感じて来場されている人が増えたのも事実だ。またフィルムからDVDに上映システムを変えたことも追い風となった。フィルム時代のように旧作ばかりでは若い人たちが感情移入出来ず取り込めなかったが、新しい感覚の新作をやるようになってから今まで来られなかったお客様が増えた。ちなみにコチラでは昔からSM系は弱いらしく、これに関しては新しいお客様にも共通する傾向だ。また女装やゲイの方が多いにも関わらず何故かゲイポルノは好まれない(不思議だ)そうだ。興味深いのは若いお客様の中には上映時間が1時間以上ある作品は好まれないというところだ。「カップルのお客様は1本ちょっと観て帰られるケースが多いのです。驚くことに全部観ないんですよね。3本で3時間といったら時間のある人やピンク映画が好きな人くらい」これは現代のタイパの時代ならではかも知れないと小坂氏は推察する。若い人が増えてきたとは言え、メインは65歳以上の常連さんが占めている。コロナ禍以降は生活パターンの変化によって夜に来場される人が少なくなり、今のピークはお昼の3時あたりで夕方6時を過ぎると客足もパタリと止まってしまう。「だから6時半以降は入場料を1000円にしているのですが、それでも来る人は3〜4人ですね」それは土曜日の夜も同様で夜11時まで上映を行なっていた延長興行も現在は一時休止している。それでも土日の来場者は平日の40名に比べて100名は超える。 |
小坂氏は多くの人に観てもらいたいからと、様々な割引サービスを実施されている。そのひとつが前売り回数券だ。6枚綴りで9000円なので1回あたり1500円とリーズナブルな価格で観賞出来る。使い方も自由で、購入した当日から使えるので、カップルやグループで来場されたら、皆でシェアするのも可能だ。もっと手軽に…という方は、ホームページから割引券をプリントアウトすると1600円で観賞出来る。「なかなか成人映画を観る機会は無いと思うので、このサービスを利用して皆で同じ作品を観てもらいたいです」もっと成人映画に興味を持ってもらえるよう小まめにアップしているのが旧館時代から小坂氏が独学で立ち上げたホームページだ。大方の成人映画館の館主さんは高齢の方が多いため独自の公式サイトを作るまでには至っていない。昨今は成人映画を専門に取り上げる雑誌も少なくなってしまったため、今の若者は成人映画とAVの違いすらわからなくなってしまった。そんな中で映画としての成人映画の面白さを紹介しているのが『中村映劇』のホームページなのだ。中でも女優名鑑コーナーは主演女優のプロフィールを事細かに掲載されているのだから、配給会社も女優さんもありがたいのではないだろうか。「更新は大体月に一回ですけど、そんなに難しい事をやっているわけではないですよ」と謙遜されるが、サイトのクオリティは旧館時代よりも格段に上がっている。事実ホームページを見て来たというお客様も結構いるというのだから、売上に貢献しているのは間違いない。 常連さんの最高齢は90歳。中には車椅子の方や杖を付いて来場される方もいるそうだ。「やっぱり映画館の雰囲気を楽しみたいのでしょうね。だからウチに来るお年寄りは元気ですよ」常連の皆さんは映画の後はそのままロビーで歓談されるそうだ。「ウチのお客さんはロビーで顔を合わせるとまた来たの?≠ネんて挨拶されてます。ここでは、女装家さんもお年寄りも若い人も小さなコミュニティが出来ているのです。これって普通の映画館は見られない光景ですよね。話が盛り上がると映画そっちのけ…なんて事もありますから(笑)。男性って自分が住む地域の人と交流を取らないじゃないですか。でもウチみたいな映画館で共通の趣味を持つ人同士だと友達になれるんです」そんなお話を聞いていると、ここは映画館だけど映画を観るだけの場所ではなく、お客様が自由に使い勝手の良い空間を自分たちで作り上げる場所なのだと思った。「ある日、今まで普通の男性だったのに突然女装して来られた方もいました。きっと友達になった女装家さんに感化された何かがあったのでしょうね。そこで新たな自分を発見したという方もいらっしゃいます」(取材:2024年11月) |
【座席】 90席 【住所】 愛知県名古屋市中村区名楽町1-23 【電話】 052-471-5703(水・木曜は休館日) 本ホームページに掲載されている写真・内容の無断転用はお断りいたします。(C)Minatomachi Cinema Street |