長野県の中央―諏訪湖畔に位置する岡谷市は、古くから製糸業の中心地として栄えて来た歴史のある工業都市だ。八ヶ岳連邦を臨む諏訪湖を有する岡谷市は日本のスイスとも呼ばれるほど、四季の彩りに恵まれた自然が調和した静かな街である。そんな岡谷市に昭和37年より創業の街で唯一残っている老舗劇場、『岡谷スカラ座』がある。「当時、岡谷と諏訪を合わせて12館の映画館があったのですが…上諏訪の映画館で支配人をやっていた私の父が自分の小屋を持ちたい…という事からこの地に劇場を建てたのが始まりだったわけです」と語ってくれたのは二代目の経営者である松下秀正氏。映画も斜陽期に入り始めていた頃の参入に周囲からは驚きの声が上がったという。





「まだまだ封切映画は、こういう田舎では東京と同時公開なんて出来なかった時代でしたから…どうしても長野、松本のような大きな都市が優先になってしまう。ですから二番館として、封切から遅れて二本立て上映していました」と松下氏は当時を振り返る。日本映画が落ち込む一方で、昭和40年代に入り勢いを増すハリウッド作品を中心とした洋画を掛けていた『岡谷スカラ座』だったが…苦しい時代には成人映画の上映で、危機を乗り越えて来たという。「ウチだけではなく当時は長野県内にある殆どの劇場で成人映画を上映していましたよ。東京のように成人映画専門館というのが田舎には無いし、新しく建てる資金力も無いですから、既存館を使って昼と夜で一般作と成人映画を掛ける等して、お客様のニーズに応えていたわけです」と語る松下氏。





その後、昭和45年に2館目を増設、更には、平成元年に3号館、平成9年に創業時の劇場を取り壊して2つの劇場を新設。「これで4スクリーン体制となりました。これが、長野県内で初めてのシネコンの走りみたいなものでしたね」と劇場の歴史を振り返る松下氏。「やはり、リスクを減らすには本数を増やすしかない…そのためには、複数のスクリーンが必要になる。という結論に至ったわけです」その後、アメリカよりシネコンが日本に上陸したニュースを聞いた時、松下氏は将来の方向性に確信を持てたという。その後も着々とスクリーン数を増やし続け、現在は、昨年12月に道を挟んだ向かいの敷地にデジタル3D対応の劇場を新築。7スクリーンを有する映画街となった。と、同時に4号館のあった場所にロビーと売店を設け、ゆっくりと待ち時間を過ごせる空間を作り上げた。

「平成9年という年は“もののけ姫”や“タイタニック”といった歴代記録を塗り替える作品に恵まれたので、ここが劇場の方向性を決定付ける大きな分岐点だったと思います。その前年の平成8年は洋画界はものすごく悪かったんです。何をやっても当たらないという作品が続いて、当時は本気で映画館を閉じようか…と、考えた程でしたから」作品に恵まれず、劇場の存続を検討していたところ、スクリーン数を逆に増やそうと言ったのが先代のお父様だったという。「正直、一週間悩みましたよ(笑)。先が見えないところに借金して劇場をデカくするわけですからね」と語る松下氏。その状況に光明を投げかけたのは宮崎駿監督作品の上映権の獲得だった。「それまでは、上諏訪にあった映画館に専有権があってフィルムを出してもらえなかったのが、封切で“もののけ姫”を出してくれる事になったのが大きかったです」ちょうど劇場を増やすという結論を出して動き始めていた時期と重なり、久しぶりに長蛇の列が出来る大ヒットを記録する。ちなみに6号館は“マトリックス”の初日に間に合わせて建てたという程、『岡谷スカラ座』は興行の歴史を反映して成長しているようだ。



このように、作品の選定は松下氏自らが、自身の目で観て決定しているという。「“タイタニック”もウチでやりたいと配給会社に働きかけていたのですが、それも近隣の他の映画館に専有権があって、その劇場が選ばなければ出してくれる…という事だったのです。上手い具合にその劇場が“エアフォースワン”を選んでくれたおかげで、ウチが“タイタニック”を上映出来たのです。これも運ですよね…興行ってそういう所が面白いのですけど」

他所に比べて個人館が多かったという長野県。15年前までは、59館もあったという国内有数の最多映画館数を誇っていたものの、今では3分の1以下にまで激減してしまった。シネコン進出の影響による上映形態の多様化に伴い、映画に対するお客様のニーズもひと昔前に比べて完全に変わって来たという松下氏。「今の高校生は映画館に来てから“あっ、これやっているから観よう”とか“吹き替えじゃないと観たくない”とか決めるんです。わざわざ時間を調べて、それに合わせて来場する…なんてしないんですね」という言葉からも地方における既存館が上映形態の見直しを迫られている現状をうかがい知る事ができる。とは言うものの、長野県は他の地方に比べると比較的シネコンの進出率が低く、特にチェーンで全国展開しているシネコンは皆無と言っても良い。それについては「この近辺で複数の地域を組み合わせても15万人そこそこの人口だからですよ」と松下氏は分析する。





「やはり、この規模の商圏では、とてもペイ出来ないのでしょうね。だから県内にあるシネコンは地元の既存館を持っていた企業が拡大して立ち上げたものばかりなんですよ」かつて大手シネコンが松本市に出来る計画があったそうだが、それを地域の組合で阻止したという。「やはりチェーンが入って来ると我々のような個人でやっている映画館は太刀打ち出来なくなりますからね。でも年に1回程度しか来ないお客さんに“ここの映画館良かったね”って言ってもらえる最低限度の設備やサービスを提供していかないと…と、いつも頭を悩ましていますよ。今後、デジタル化等の状況にも対応しなくてはならないですし…」と語る松下氏は最後にこう続ける。「ずっとこの街で映画館を続けてきた以上、来ていただけるお客様がいる限りは、劇場の構えだけではなくひとつひとつ頑張ってやっていく…ただ、それだけだよね」。(取材:2009年9月)


【座席】 『スクリーン1』103席/『スクリーン2』100席/『スクリーン3』200席
     『スクリーン4』151席/『スクリーン5』66席/『スクリーン6』161席/『スクリーン7』125席
【音響】 『スクリーン1・2・4・5』SRD 『スクリーン3・6・7』SRD-EX

【住所】長野県岡谷市中央町2-4-14 【電話】0266-22-2773

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