長野県長野市、多くの観光客で賑わう善光寺のほど近くにある権堂町…この界隈は昔から歓楽街として栄え、と同時に映画の街として親しまれて来た。最盛期には数十館近くも軒を連ねていた映画館も、今や長野市内に残っている映画館はわずか5館。それでも映画好きの長野市民は、映画を観ると言えば権堂町に足を運ぶ。長野電鉄権堂駅のすぐ近く—長野大通り沿いにある『長野グランドシネマズ』は平成18年6月にシネマコンプレックスとしては珍しく郊外型ではなく街の中心部にオープンした。「映画館は繁華街にあるべきだ…というオーナーの意向がありましたので、元々前身の劇場があったこの場所を選んだのです」と語ってくれたのはフロアディレクターの村上潤氏。もっと広い敷地を確保出来る郊外に出ようかとも考えられていたというが、「やはり街の人たち誰もが通いやすい長野市のど真ん中…今までやってきた場所に作ろう」という経営者の判断から昔から映画街として親しまれていた権堂町に長野市初のシネコンが設立されたわけだ。ほとんど長野県にはシネコンが進出していないためかコチラの劇場に訪れるお客様はかなり広範囲に及んでいる。 |
オープン当初は、長野市内でシネコンスタイルに慣れていないお客様が完全入替・指定席システムに戸惑われていた事もあったというが、今では完全に定着して、中には年に100本近くも観に来られている強者もいるとか…こうした常連の方が日に日に多くなっているという。『長野グランドシネマズ』を経営する中谷商事株式会社は、戦後から長野県の映画産業に携わってきた老舗の興行会社である。創業は昭和25年8月に信濃吉田駅に二番館として設立した“吉田映画劇場”から。「当時はまだ劇場の床が土だったと記憶しています」と語ってくれたのは先代の経営者・中谷勇氏を祖父に持つ専務の中谷冨美子さん。映画館と同じ敷地内に住んでいた中谷専務の幼少時代は、映写室の隣の部屋で寝起きしており部屋の窓を開けると場内が見渡せた…という環境で育った。時代と共に二番館からロードショウ館へと移り変わり“吉田映画劇場”は現社長中谷治氏の「豊かな気持ちで映画を観れる劇場でいたい」という意向から名画や成人映画はやらなかったという。 |
昭和32年に前身となる長野市初の本格的ボーリング場と映画館を併設させた“長野第二劇場(後に長野ピカデリー劇場と改名)”をオープン。「“長野ピカデリー劇場”まではカーボンたいてましたからね…当時は使用後のカーボンは高く売れたので、よく妹は熱で細くなったカーボンを拾い集めていましたよ」と当時を振り返る。そして『長野グランドシネマズ』の前身となる長野市で初めての本格的ボーリング場と映画館を併設させた“長野グランド劇場”がオープン。その後昭和56年に東宝東部興行が、東宝グランドと改名し、1階が大劇場として大作・話題作を中心とした“東宝グランド1”、2階が小劇場として単館系作品を中心とした“東宝グランド2”が新設、平成18年4月…長い歴史に幕をおろした。『長野グランドシネマズ』は1階から3階までの通りに面した壁面が全面ガラス張りとなっているため、夜になると幻想的な光の塔となって浮かび上がる。「映画館というのはどうしても外に向けて閉塞感のある作りになってしまいがちですが、出来るだけ明るく開放的な劇場にしたい…というコンセプトからこのような設計になりました」と語る村上氏。 |
昼間は3階までの吹き抜けとなっているロビーに燦々と自然光が降り注がれ、夜になると2階へ続くらせん状の大階段に埋め込まれたLEDが七色に光り幻想的な雰囲気を醸し出している。街のランドマークになるような建物を目指したというデザインは、まさに映画の街・権堂町の新しいシンボルだ。シネマストアでは、本棚に並べられた映画のパンフレットを手に取って見る事が出来るのがありがたいサービスだ。コッセションで販売されているポップコーンは季節によって限定フレーバーを用意されており、今までにコーンポタージュ味や長野県らしくリンゴ味のポップコーンといった変わり種もお目見えした。2階ロビーにあるカウンター席で上映までの待ち時間をポップコーンや軽食を食べながらゆっくりと過ごす事も可能だ。コチラのサービスとして300円のカード発行料金を入会時に支払ってメンバーズ会員になるといつでも1400円で観賞が可能。更にチケット料金の10%がポイントとして貯まり、規定のポイントになると1本映画鑑賞が可能となる。ちなみに有効期限はないので会員になった方がお得なサービスだ。 |
長野市周辺の劇場は各々の色を打ち出し、作品がバッティングして食い合う事がないように作品選定もすみ分けされているように全国でも珍しい地域で同じ作品を上映しているという事例は殆ど見られない。「元々同じ街で興行している仲間ですから、お互いに食い合っても仕方ないですし、その辺は譲り合いながら街全体を高めて行こう…という気持ちで共存共栄しています」という村上氏。ロビーには“長野ロキシー”のチラシを置いているなど映画ファンにとっては街の中で観たい映画をチョイスできるので、理想的な環境と言えるのではないだろうか。上映作品はファミリー向けからアート志向の強いマニア向けの作品まで幅広く、だからこそ様々な年齢層のお客様に指示されているのだろう。常連の方で都内で入手したチラシを持って来て、この映画はやらないのか?と要望される方もいらっしゃる程、地域との密着は強い。「事務所にはお客様がお持ちになったチラシの保管棚を設けて、社内で協議して可能な限りご要望にお応えしようと思っています」と語る村上氏。『長野グランドシネマズ』はシネマコンプレックスというスタイルをとっているがスタンスはあくまでも“街の映画館”であり、地域の方が気軽に訪れるマニュアル化されていない、お客様と共に育んでゆく劇場作りを目指している。(取材:2009年10月) |