宮崎駅から車で10分。日向灘に面した一ツ葉地区は、シーガイアを始めとするゴルフコース、コンベンションセンター、ホテルなどが建ち並ぶ一大リゾート地として知られている。そこに隣接するイオンモール宮崎には平成17年5月17日のオープン以来、多くの人々が訪れている。その東棟2階に、宮崎県唯一の9スクリーンを有するシネマコンプレックス『セントラルシネマ宮崎』がある。運営するのは古くから九州で幾つもの映画館を運営してきたセントラル観光株式会社だ。「宮崎県に初めてシネコンがオープンするというので、地元の人たちの期待度がものすごく高かったのを肌で感じたのを今でも鮮明に覚えていますよ」と語ってくれたのは支配人の大原健二氏。シネコンが日本に進出してから12年…。「宮崎は九州の中で、ずっとシネコンが無かった最後の県だったわけです。勿論、シネコンという形態は、鹿児島に行った人とかは知っていましたから、待ち遠しかったのでしょうね。オープン初日、嬉しそうに入ってくるお客様の姿は今でも鮮明に覚えていますよ」勿論、それに伴う混乱もあった。「僕らも初めての体験でしたから、チケット購入の混乱もあり、試行錯誤の連続でした(笑)。どうして人でいっぱいになるのか…その場合、どうやって整理すれば良いのか…というのを体験から学んで今の形を構築しました。先発のシネコンの方に、混雑した時の状況は聞いてはいたんですけど、やっぱり目の当たりにすると驚きましたね」 |
前身は、代表取締役の力武嘉壽子さんのご主人が経営していた福岡県大牟田市にあった“大牟田スカラ座”をはじめとする5館の映画館だ。宮崎県に進出したのは、橘通りにあった橘国際観光ホテルが廃業した跡地を買収して、映画館ビル“宮崎セントラル会館”としてオープンした昭和52年のこと。地下1階から6階まで最盛期には7スクリーン(宮崎ティアラ・宮崎スカラ座・宮崎東宝・宮崎プラザ・宮崎セントラル・宮崎オスカー・宮崎アカデミー)を有し、連日ビルをグルリと囲むようにお客様の列が出来るほどの反響を見せた。オープン直前に急逝されたご主人の意志を継いで計画を実現させた力武さんは、この光景を見て胸を撫で下ろしたという。それでも当時は映画会社の直営館が主流だった時代…個人館にはなかなか人気作品は回ってこなかったため、力武社長は何度も福岡の配給会社に直談判に足しげく通ったという。こうした努力によって、人気作や話題作が掛けられるようになり、徐々に来場者数は増えて来た。大原氏が映写技師として入社したのは、ちょうどその頃。「ちょうど“タイタニック”が公開された年で、とにかくすごかったのを覚えています。4階の“宮崎スカラ座”で上映していたのですが、場内は満席なのにエレベーターから次々と降りてくるんですよ。まだ入替制ではなかったため、上の状況が分からない1階のチケット窓口ではドンドン販売して…いよいよ立見のお客様も入りきらなくなって慌ててストップかけました(笑)」 |
その後、レンタルビデオの台頭とビルの老朽化が重なり徐々に客足は低下。時には場内に一人もお客様がいない日もあったという。そんな時、イオンモールが宮崎県に進出するという話が持ち上がった。イオンにはワーナーマイカルシネマズ系(現在のイオンシネマ)が当たり前だった時代に、個人館が入るというニュースは業界を驚かせた。「一度、ショッピングセンター設立の話は、地元の地権者の反対で中止になった過去がありました。計画が再浮上した時に、協力をしたんです。市からも地元の企業を…という要望があって実現したのです」そして平成17年5月1日“セントラル会館”は28年の歴史に幕を閉じ、『セントラルシネマ宮崎』に生まれ変わった。 『セントラルシネマ宮崎』のロビーは地球をイメージした球体となっており、壁面にある植物をモチーフとしたオブジェが、七色に変化する照明に浮かび上がり、幻想的な雰囲気を醸し出す。特長的なのはコリドーの壁面に使われている飫肥杉だ。宮崎県日南市付近で育成される県産材で、ほのかに漂う木の香が実に心地よい。「最初は壁面に石のタイルを敷き詰める設計だったのですが、当時は建設ラッシュで、その石が間に合わない…さぁどうしよう?となった時に、飫肥杉に辿り着いたんです」逆に従来のシネコンにありがちなクールな印象から木材の暖かみのある空間が実現したのだ。 |
10年目を迎え、大原氏の印象に残っているのは“ガンツ”だったと振り返る。「応援メッセージが多かった映画館に出演者が来場するという配給会社のキャンペーンで1位になって、二宮和也さんと松山ケンイチさんが来場されたんです。当日、駐車場に集まった1万人くらい人に階段の踊り場から挨拶してもらって…かなり盛り上がりました」今まで交通の便が悪かった宮崎県も東九州自動車道が開通したおかげで更に集客が増えてくれるのでは…と大原氏は期待を寄せる。そのためには、映画館という枠組みを超えた催しを積極的に推進したいと語る。そのひとつがライブビューイング。「宮崎の人はライブに行きたくても大都市のように簡単には行けない。アーティストによってはすぐ満席になる程なんです」 オープンして2年目の夏は家族連れが多くなり、幅広い年齢層が訪れるシネコンへと成長を続ける『セントラルシネマ宮崎』。中には映画館デビューがココ…という方も結構いらしたという。勿論、昔からの常連さんも多く、帰りがけに面白かったって声をかけてもらう事もしばしば。「顔見知りのお客様とは、待ち時間に映画の話をしたりして…それが楽しいですよね」接客と快適な環境をつくる事に重点を置いているだけに館内清掃は念入りに行われ、チケット販売は全て自動発券機にするのではなく、窓口での対面販売を大切にしている。それは、コンセッションのメニューにも反映されており、例えばポテトはスチームではなく、ひと手間を惜しまず油で揚げる事にこだわっている。だから、いつもサクサクの歯触りで美味しいと評判だ。フィルムからデジタルになって観賞型から参加型へ…常に映画館は変化を続けているが、楽しげにコンセッションで順番待ちをする親子の姿に根本的なものは何も変わらないのだと思った。(2015年8月取材) |