鹿児島空港からリムジンバスで1時間足らず…九州新幹線の開業によって、多くの乗降客で賑わう鹿児島中央駅に降りる。南九州地域の中核市だけに、平日の早朝は、ここを拠点とする路線バスと市電に乗り込む多くの通勤通学者で活気に満ちている。さすが南九州最大の都市だ。そこから市電に乗って10分ほど…さらに活気溢れる中心街・天文館に向かう。ここは市電通り(おづろ通り)を挟んで、北と南に分かれており、二つの顔を合わせ持つ希有な街だ。南は多くのバーやスナックなど飲食店が軒を連ねる歓楽街として戦後から栄えて来た夜の街だ。北は昼の街として百貨店や個人商店が立ち並ぶ繁華街となっている。さすが薩摩藩の時代から多数の偉人を輩出している土地だけに街のアチコチに、銅像が設置されているのが面白い。 |
早朝、まだ店も開け切らない天文館北側のアーケード街を歩く。鹿児島にとって屋根付きのアーケードは大きな意味を持っており、雨風を凌ぐだけではなく、風向きによって桜島から降り注ぐ火山灰避けの役割を担っているそうだ。縦横幾重にも貫かれる大小の通りには、昔ながらの名店と新しく出来た小洒落たお店が共存し、個性的な街の風景を作り上げている。鹿児島と言えば黒豚が有名だが、確かにとんかつ屋が多い。ランチを避けて午前中に行列が出来る有名店に入って、ロースかつを注文する。上質の肉を使っているので、まろやかでしつこくない脂身の甘みでご飯が進む。天文館を少しはずれると島津斉彬を祀る照国神社や県立資料館、中央公園など天文館の喧噪とはかけ離れた閑静なエリアが広がる。 その照国神社の参道沿いに、全国初となる地元商店街が単独で立ち上げたシネマコンプレックス『天文館シネマパラダイス』がある。オープンは2012年5月…かつて県下最大の映画街だった天文館から映画館が姿を消して6年後のことだ。最盛期の昭和30年代には20館近くの映画館と大衆演舞場やストリップ劇場が集中して、大人から子供まで楽しめる街として、絶大なブランド力を持ち続けていた天文館だが、新幹線の開業計画が打ち出されてから駅前の再開発が始まり人の流れも大きく変わってしまった。「ここは明治から大正・昭和と映画館が賑わっていたから街として形成されたという側面もありました。だから映画館が無くなって、一時はこの辺の商店街もシャッター通りに近い状態になったんです。そんな中で、また街を盛り上げようと商店街が中心となって、映画館を復活させよう!いう動きが出たんです」と語ってくれたのは、総支配人を務める柳田弘志氏だ。 |
オープンした頃は、作品が揃わず、苦労したと柳田氏は振り返る。勿論、まだ何の実績も無い映画館に配給会社が、しばらく様子を見ようと思ったのは当然の話し。「今でも一部の子供向けアニメは出来ませんが…おかげさまで大人の方がお客様として付いてくれています」最近では“沈黙ーサイレンスー”や“海賊とよばれた男”などの作品が、初日からトップを走る事もあるそうだ。「良い棲み分けが出来ています。今は大人向けの作品を筆頭に、多くのメジャー作品も上映できるようになりました」LAZO表参道ビルの3階に上がると、まず広々としたロビーに敷かれた薩摩切子の柄を模したカーペットが目に飛び込んで来る。壁面はシックなブラウンで統一され、まさに大人の映画館といった雰囲気が漂う。番組編成をTOHOシネマズに委託しており、“TOHOシネマズシャンテ”を始めとする首都圏にある大方のアート・単館系作品も上映している。「決して経営が楽になったとは言いませんが、毎年少しずつ延びているんですよ。アート・単館系のマーケットが育ってくれたのは大きいです」 |
そもそも、地元商店街や自治会が作る映画館というと、小ぢんまりとした小さな映画館を想像しがちだが、シネコンを作ってしまったというスケールの大きさに、正直、耳を疑ってしまった。「最初からシネコンを作ろうと考えていたわけではないんです。街として何時間か滞在させる滞留型の施設というものが不可欠と考えて、まずは映画館を作ろうという事が決定しました」勿論、商店街の人々は興行に関しては素人集団。映画関係のツテも無い中で計画だけがドンドン進んでいったという。「最初は9スクリーンの予定でしたからね(笑)。資金の関係で計画を見直して、結果的には7スクリーンになりましたけど」実は…この計画の見直しによってオープンが1年ずれたのだが、この1年ずれた事が大きく幸いすることとなった。「最初の計画ではフィルムとデジタル両方の映写機を設置することになっていたんです。でもこの1年で洋画メジャーは全てデジタルしか出さないと決定して、邦画メジャーもそれに追随する事となり、おかげでデジタルオンリーで踏み切れたんです」 |
地方はどうしても単館系の場合、数ヶ月遅れとなるが、逆にそれがちょうど良いと柳田氏は言う。「東京や大阪で評判になるとマスコミが取り上げるので、それを見たウチのお客さんが、これは天パラでやりそうだ…と思うと、すぐ問い合わせがきますよ(笑)最近はお客さんの方が鼻が利いてますからね」こうした問い合わせに対して、やりますよ…と、即答しているそうだ。「これからも本当の映画好きが楽しめる映画館であり続けたい。そのためにも、大人がいつでも楽しめる作品を選んで行きます」と語る一方で「若い人には、ちょっと背伸びをしてウチでやる映画を観て欲しい」と思いも述べる。「残念に思うのは、今の若者は字幕を観ないんです。現に吹き替えじゃないから帰るっていう子がたくさんいますよ」という言葉に愕然とする。「単館系は吹き替えが用意されていないものが多いですが、観に来て欲しいですね」そんな中、期待を寄せているのが午前十時の映画祭。どうしても昔の名作なので年輩のお客様がメインとなっているのだが、学生は500円で観れるのだから試しに一度観てもらいたいと語る。 ただ、街を活性化させるには映画館だけ頑張ってもダメだと柳田氏は力説する。「例えば若い子たちに来てもらおうと思って、大ヒットした“君の名は。”を上映するだけでは意味が無いんです。大事なのは映画を観終わった後です。映画はあくまでも街に来させる起爆剤。そこから街を回遊させるために何をすべきか…というのが今後の課題ですね」現在、映画館では商店街の約100店舗と協力して、映画の半券を提示すれば協賛店舗で様々なサービスを受けられる仕組みを推進している。「とにかく鹿児島は天文館が元気じゃないとダメ…いわば天文館が街のバロメーターなんです。どれだけ駅前の再開発が成功しても既存の商店街が元気じゃなければ意味が無いんです。昔は天文館で商売をしている事がステータスでした。僕が中高生の時は、とりあえず天文館に行って、夕方には制服姿の学生が意味なくうようよしてたんですから」街づくりにとって大事な事は、誘客して再客する事…誘客の準備は整った。次は再客のための知恵を絞る局面に、天文館は来ているのかも知れない。(2017年1月取材) |