「天下に三つの名城と、其の名も高き白鷺城 旭の光さし添へば 雄姿颯爽世を蓋ふ 偉人豊臣太閤の 偉業燦たり千代迄も」これは、姫路城を中心に発展を続けた姫路市を、昭和天皇が即位された大典の記念に作られた姫路市郷土唱歌の一節だ。姫路市は兵庫県南西部の播磨平野に位置する人口53万人の大きな街で、平成27年には、6年掛かりで行われた姫路城の「平成の大修理」と、姫路駅北駅前広場の再整備事業が終わったばかりだ。JR山陽本線の快速で三宮まで40分足らずというアクセスの良さから神戸・大阪のベッドタウンとして栄えてきた姫路駅前に、世界遺産を擁する城下町の風情をそのままに「城を望み、時を感じ、人が交流するおもてなし広場」をデザインコンセプトとして3つのゾーンによる新しい街が形成された。また、再開発によって古い街並が消滅するのではなく、駅前にある「みゆき通り商店街」と「おみぞ筋商店街」という昔ながらの商店街も共存している。その中のコアゾーンと呼ばれる宿泊施設や教育施設が集まる区域にある複合商業施設テラッソ姫路に、シネマコンプレックス『アースシネマズ姫路』がある。グランドオープンは平成27年7月24日。4階のガラスで仕切られたエントランスから入場するとビルの中とは思えない開放的な空間が目の前に広がる。伝統美と格式をモダンに融合する館内のデザインは姫路城をモチーフとしており、ロビー中央に聳り立つ3本の白い柱と斜めの天井は、まさに姫路城の御柱と梁をイメージ。また、12スクリーンの場内の扉は、全てが異なる柄となっており、播磨平野から播磨灘へ注がれる川をイメージした模様があしらわれている。こうした細部に亘って洗練された空間に、視察に訪れた映画関係者からも高い評価が上がっている。 |
実は『アースシネマズ姫路』がオープンしてから半年後の1月末には閉館が決まっていた『シネパレス山陽座』の支配人も兼務されていたのである。「開館と閉館が被っていた半年間は本当に辛かった。両方の現場を見ていたため、平均2時間くらいしか寝ておらず、そのせいで当時の事をよく覚えていないんですよ。おかげで痩せました〜オープンで一番良かったのは痩せた事ですかね(笑)」と当時を振り返る。平成28年1月31日に閉館を迎えた『シネパレス山陽座』では、フィナーレ興行として9日間、ファンのリクエストで選ばれた国内外の名作を上映して、多くの常連客から別れを惜しまれながら『アースシネマズ姫路』に見事バトンを渡したのだ。今ではティーンエイジャーに強いシネコンとして、運転免許を持っていない中高生から圧倒的な支持を得ている。おかげで作品によっては全国上位にランキングされるなどズバ抜けた数字を叩き出しているのだ。「若い子たちも電車に乗って神戸まで行く事はしないけれど、地元の映画館だったら、学校が終わったら友だちを誘って行けるんですよね。若い人たちの映画離れを止めるためにも、自転車や歩いて行ける中心市街地に映画館があるというのはとても重要なのです」 |
前身は昭和7年創業の映画館『シネパレス山陽座』(創業時の館名は山陽座)だ。戦後の映画の黄金期を支え、幅広いラインナップで中高生を中心に人気を集めていたが、平成に入ると郊外にショッピングモールが建ち始め、中心地から人の姿も激減…映画館の観客も以前の半分にまで落ち込んでしまった。ちょうど駅前の開発工事が進められていた5年前でも姫路城へまっすぐ延びるメイン通りには人が回遊していなかった。「確かにショッピングモールが出来た時は良いのですが、結果的に高齢化が進むと、お年寄りは免許を手放したり…。そこで姫路市が、商店街と共に駅前周辺に人々がまた集まる場所をと」と語ってくれたのは、運営する株式会社アースシネマズで興行部長を務める小石まきさんだ。姫路市が公募を行った事業コンペに映画館を核とした提案をしたところその企画が採用。全てをその商業施設内で完結するのではなく、駅前から延びる既存の商店街に来場者を回遊させる事が必要だった。「映画は子供からお年寄りまで、色んな年代の人たちが一緒に観るもの。長年映画を提供してきた私たちのノウハウを活かして、それを軸に街を活性化をしたいと思ったのです」それからは小石さんにとって、オープンするまで過酷な日々が続いた。 |
『アースシネマズ姫路』が目指しているのは、大都市にも負けない魅力ある映画館だ。「若い人たちに良いものは東京や大阪にしか無い…とは思って欲しくない。私たちの街にも面白いエンターテインメントがあるんだ!というところを見せてあげたいのです」そこで力を入れているのは毎月のように開催されている舞台挨拶や様々なイベント。常に1年先まで舞台挨拶の誘致に動いており、毎回、えっ?!と驚かれる俳優やアイドルが来場している。時には映画から離れて生ライブも開催されており、今年の夏には、紅白出場を決めた今話題のスーパー銭湯アイドル純烈のライブを行い、2回公演全てが満席となった。しかもそれがご縁で、純烈主演・横尾初喜監督のオリジナル映画館マナーCM(勿論『アースシネマズ姫路』でしか上映されない)まで作ってしまったのだ。初めて劇場で流された時は、場内がざわついて観客は最後までスクリーンに引き込まれていたそうだ。「駅前という便利な立地だからこそ、普段は映画を観られないようなお母さんたちがお友達と一緒に来ていただけたのだと思います。あまり遅くならずに帰れる距離なので、大阪までは出て行けなくても地元だったら脚を延ばせる…という人がたくさんいる事が分かりました」 上映作品に関しても昭和初期から興行を続けているだけに、映画に対する造形は深く、目の肥えた映画ファンたちも唸らせるイベントも充実している。中でも、ご年輩の方には懐かしく、若い人には新しい…と、人気を博したのが、弁士と楽団の生演奏で上映されたサイレント時代の活動写真だ。マキノ正博・稲垣浩監督の名作“血煙高田の馬場”を5年前に弁士デビューをされた俳優の目黒祐樹氏による語りに、楽士4人の三味線とキーボードの生演奏を加えて上映を行った。「馬が走る躍動感や悲しさを語りと音楽で表現されるので、ご覧になった皆さんはすごく感動されていました」この無声映画上映は『シネパレス山陽座』の閉館企画としても行われており、姫路出身の関西最後の活弁士と言われ、現役で活躍されている井上陽一氏の語りで上映されたのと同じ品目だ。「井上さんは弁士をされる前は映写技師をされており、初めて仕事に就いたのがウチが経営していた映画館だったそうです。そして目黒さんは、その井上さんのお弟子さん…何だか映画が結ぶ縁の深さを感じさせられました」 |
こうした創成期の無声映画を若い人たちに伝える一方で「音」に対するこだわりも半端ない。姫路市で創業したウシオ電機グループの協力の下で設計されたスクリーン9のウシオ・プレミアム・シアターは、ウシオ電機が誇るクセノンランプとクリスティの高精細4Kプロジェクタによる映像美に加え、ドルビーアトモスの音響と親和性の高いクリスティのハイエンドスピーカーシステムという世界最高水準の設備で、体感した事が無い臨場感を味わう事が出来る。更に最高の音響を極めるため、何と!“ガールズ&パンツアー”など数多くの傑作アニメを手掛けた音響監督・岩浪美和氏が観客の前で音響調整を行うライブパフォーマンスを開催しているのだ。「岩浪さんは、せっかく最高水準の劇場なのだから…と、上映作品に合った音響を忠実に再現するため、何分何十秒単位のタイミングで調整してくれるんです。それをお客様の前でされるのですから皆さん興味津々ですよ」今ではこの音響を体験してファンになったというリピーターが増え続け、北海道や沖縄からも来場されている。 「姫路は兵庫県の端にあるローカルな街ですが、昔から“東の神戸。西の姫路”と言われるくらい“神戸には負けてへんで!”という意識を皆が持っているんです。だからこそ、神戸でも呼べない人たちを呼んで来たろうやないか!って思うし、いざそうなったら地元の企業や商店街の皆さんが協力してくれるんですよ」がっしりと地元でスクラムを組んで、お互いに応援し合う…ある意味『アースシネマズ姫路』は地域全体を盛り上げるための起爆剤なのだ。「長く続けていれば友だちと来てくれた子供たちが、やがて自分の子供や孫を連れて親子三代で来てくれる。姫路って、そういう人たちが観客になってくれる土壌があるんです」 「オープンから3年…ようやく自分がやりたい事を追求出来るようになった」と振り返る小石さん。この短期間に数多くの「西日本初」を送り出してきた。「誰もやっていない事が好きなんです。面白そうな事なら何でもやってみたい。色んな事を仕掛けて、たくさんの人たちの心にヒットする場所でありたいですね」今までは多くの人たちと知り合って来たが、これからは、積み重ねてきた縁を活かす番…と言う小石さんは、最後にこう力強く宣言した。「目標はウチの劇場が姫路の星になることです!」(2018年8月取材) |