福井県のほぼ中央に位置する鯖江市は、日本で流通している眼鏡の9割以上を生産している眼鏡の街だ。駅前には大きな眼鏡のモニュメントが設置され「めがねのまち さばえ」を街のキャッチコピーにしているほど、ここに暮らす多くの人たちが、眼鏡産業に関わっている。鯖江市から南越前町にかけて5つの市町で構成されている丹南エリアは、昔からものづくりが盛んな地域で、眼鏡のほかにも、越前和紙から漆器、打刃物、焼物、箪笥といった伝統工芸が今も息づき、多くの職人たちが住んでいる。また関西中京地区に隣接している事から古くから交通の要衝と位置付けされており工業地帯として中核も担ってきた。近年ではものづくりを志して移住してくる若いクリエイターも増えているという。そんな鯖江市にある無人駅の北鯖江駅は、電気精密機械などの工場が多く建ち並ぶ街として発展してきた。駅から歩くこと15分…工場街を抜けると、国道沿いに(有)アレックスが運営するシネマコンプレックス『鯖江アレックスシネマ』がある。 前身となる1998年12月5日にオープンした東宝の直営館『鯖江シネマ7』は、現在代表を務める松本智氏が、平和堂のSC事業部に所属していた時代に初めて担当した映画館だ。その後、独立して水口と敦賀のアレックスシネマを軌道に乗せていた時、東宝から滋賀県にある『浜大津アーカスシネマ(現在の大津アレックスシネマ)』の運営をしてもらえないか?と営業譲渡の話しがあったのは、オープンから8年が経過した頃。「最初は、この浜大津の映画館1館を…という話だったようですが、社長がどう交渉したのか鯖江もプラスされて、急遽2館も譲ってもらうことになったのです。急に映画館が2館も増える事になったため、支配人修行として水口に行ってくれ…と社長から言われました」と、語ってくれたのは、支配人の池田知一郎氏だ。それまで敦賀で映写を担当していた池田氏は、突然の辞令に半年間、『水口アレックスシネマ』で支配人をしながら、上司(現・営業部長)と共に2館のオープンに向けて準備を始めた。「この期間は、水口と大津と鯖江を行ったり来たり…本当に大変でした」と当時を振り返る。そして『大津アレックスシネマ』がオープンした1ヵ月後の2008年3月1日に『鯖江アレックスシネマ』は無事オープンを迎えた。 |
ショッピングセンターとボウリング場、ファミレスなどの飲食店が建ち並ぶ敷地内にある『鯖江アレックスシネマ』は、建物が独立しており、駐車場から場内まで、ワンフロア・フルフラット設計となっている。北鯖江は大手の工場や部品を製作する子会社が多い工業地域である一方で、海と山に囲まれた豊か自然の中に住宅地も広がっているため、お客様の層としては、小さいお子さんがいるファミリー層や地元に慣れ親しんでいる年輩層といった近隣に住んでいる方が多い。「作品としては子供向けのアニメやCMで話題になったメジャー系が人気が高いですね。逆に、いくら賞を獲った作品でも都市型のお洒落な作品や通好みの作品は弱いです。だから上映する作品の内容も限られてしまい、いつも来ていただいている映画好きのお客様からは、どうしてこの作品を上映ないのか分からん!と、お叱りを受ける事もあるんです」若いお客様が少ない…というのが福井県全体の課題という池田氏。「どうしても買い物や遊びは、敦賀と今庄を境に嶺北(今庄以北)の若者たちは金沢、嶺南(敦賀以南)若者たちは大阪や名古屋に行ってしまうのです。昔から県内にはデートする場所が無い…というイメージを若者が抱いているので何とかしなければと思っています」 |
それでも近年、福井県でロケを行った“チアダン”と“ちはやふる”には多くの若者が来場して、“チアダン”は興行収入が全国3位になった。「ウチが全国のトップ5に食い込めるなんて事はそうそう無かったので、思い出深い作品でした」当時は、ご当地ならではのイベントも開催され、映画のモデルとなったジェッツのOBで結成されているチームが、舞台挨拶とパフォーマンスを披露した。また、“ちはやふる”の上映時には、ロビーに畳を敷いてカルタの名人に来てもらい本物の名人の技を実演してもらった。更に、駐車場にトラックを横付けして直接搬入出来るという利点を活かして、ここのロビーでは他所では出来ない多くのイベントを開催してきた。“ウッジョブ”では隣の池田町の森林でも一部ロケが行われた事から、福井森林組合に掛け合って丸太を使ったチェーンソーアート作品をたくさん持ってきてもらいトラックから直接搬入。その時はロビー中、杉の香りに包まれたという。また、ユニークなイベントとして“トイストーリー”の公開日には、近くにある高等専門学校の先生と生徒に協力してもらい玩具病院を開設。事前に壊れた玩具があったら修理しますと告知したところ、大勢の子供たちが大切な玩具を持ってきたそうだ。 |
アレックスシネマ全店を経験してきた池田氏は「都会と田舎ではコンセッションの売れ方ひとつでも全然違うんです」と、同じ映画館でも地域性の違いを実感したと語る。数年前まで『高槻アレックスシネマ』に配属されていた時に感じたのは、関西のお客様はすごくシビアという事。コンセッションで売っているスナックやドリンクは勿体ないから…と、あまり買われないお客様が多かったという。「その点、鯖江は地方の街ですから、都会の高槻に比べて娯楽はそんなにあるわけではない。だから週末に家族みんなで映画を観に行く事は、ちょっとしたイベントなんですね。せっかく映画館に来たのだからって、お金を惜しまずに、家族全員分のポップコーンやドリンク…何だったらチュリトスも買って、子供や孫が欲しがる物を売店のカゴにいっぱい乗せて、みんなで入場するのが普通の光景なんですよ」 福井県は商業や産業などの分野において、地場産業を守るという文化が根付いている。聞くところによると福井は日本で唯一、大手流通グループのイオンが進出していない県だという。これも県内だけで流通も商業も成り立たせようとする県民性の現れだろうか。また福井県は、日本一社長が多い県でもある。それは、ネジが無ければネジを作る会社を作ったり、車のパーツが無ければパーツの製造会社を作ってきたからだ。「この街で、ものづくりが栄えたのは、必要だったら自分たちで作ろう…という意識の結果なんでしょうね。だから県民同士、横の繋がりはすごく強いんです」このような県民性だから、一度認めてくれれば、長く応援してくれる…そんな映画館を目指さなくてはならないと、池田氏は最後にこう述べてくれた。「共働きの人たちにとって、週に一回、週末に家族で観に来る映画って、本当に楽しみだと思うんです。だからこそ映画だけではなく、プラスα楽しんでいただける工夫を続けていきたいです」(2019年4月取材) |