和歌山駅からJR紀勢本線の鈍行列車に揺られて1時間ほど。和歌山県中部に位置する御坊市に向かう。鈍行を選んだのは、山間を抜け海岸線に沿って走る紀勢本線は、車窓から見える風景に飽きない路線だから。田園風景を抜けると目の前に紀伊水道の紺碧の海が広がり、街はそんな自然に寄り添うように長い時間を掛けて形成されてきた。街に流れる空気から人間が自然と共存して生活しているのが分かる。そんな沿線上にある街の中でも比較的大きい御坊市は、紀中・日高地域の中核都市で、広い待合室がある駅舎も立派だ。駅前にある観光案内図に書かれている「自然と歴史 ロマン溢れるまち」と街のキャッチフレーズにある通り、近隣には能や歌舞伎で有名な安珍清姫伝説の舞台となった701年創建の県内最古の寺・道成寺を筆頭に多くの歴史ある寺院が建ち並ぶ。

御坊市は紀伊水道の黒潮の影響で一年を通じて温暖な気候に恵まれていることから、花卉の生産が盛んでスイートピーやカスミソウなどが有名だ。平日の昼過ぎ…駅前は人通りも少なく閑散としているが、街の中心はもう少し港の方にあるという。そこまで歩くと30分以上掛かるのだが、御坊駅の0番ホームから日本最短の鉄道(終点の西御坊駅まで5駅しかない)として知られる紀州鉄道に乗って、学門という珍しい名前の駅に向かう。全長2.7キロの路線をレトロな1両編成の列車がゴトゴトと…畑の間を5分足らずの道のりを実にのんびり走ってくれる。学門駅はホームに屋根があるだけの質素な無人駅なのだが、学門駅前には和歌山県立日高高校・付属中学校があって、駅が裏門に面していたことが学門という駅名の由来と教えてもらう。そんな駅名のご利益にあやかろうと、隣の有人駅・紀伊御坊で学業成就のお守り切符が販売されているそうだ。


しばらく歩いていると次第に街も開けて、大きな病院やファーストフード店とチェーンの飲食店が見える。隣の駅には市役所や文化会館など公共の施設が集中しており、なるほど街の中心は御坊駅から離れた場所にあるというのは理解出来た。学門駅から12分ほどのところ…海から近い美浜町の熊野街道沿いに、近畿・中部を中心にスーパーマーケットを展開する(株)オークワが運営するショッピングセンター・ロマンシティ御坊がある。1階、2階はスーパーマーケットと生活・服飾雑貨などのテナントが入った地元の人たちの生活拠点、3階はゲームセンターやボウリング場が併設されたアミューズメントフロアとなっている。そのフロアに1999年11月27日より営業を続ける映画館『ジストシネマ御坊』がある。

エスカレーターで上がると、赤と青の壁面が楽しげな外観に、館名のネオン管が目に飛び込んで来る。今では珍しい入口に独立したチケット窓口があり、近隣に住むお年寄りや買い物帰りのお母さんが普段着感覚で気軽に訪れる街の小さな映画館だ。中に入ると広いロビーにグッズの販売コーナーが設置されており、休日にはここも子供たちの遊び場となる。コンセッションは劇場のロビーではなくゲームセンターのお客様も利用する共用スペースに面しており、誰でも自由に利用出来る。コチラのコンセッションで販売されているフードは、フライドポテトやからあげ、ラッピングピザなど、映画を観ながらしっかり食べられる軽食が充実している。買い物途中のお母さんやゲームセンターの学生もドリンクを購入してテーブルでひと休みされている。取材した日もお母さんとお婆ちゃんがテーブルで休憩している横で小さな男の子がクレヨンしんちゃんのポップを覗き込んでいた。


平日の昼間、少し早めに着いて次の回までまだ間がある常連のお客様がチケット窓口でスタッフの女性と談笑する。入替えのタイミングを見計らって、場内の撮影をするため扉の前で上映が終わるのを待っていると、中から出て来た女性客がカメラの存在に気づいて、顔見知りのスタッフに「何かの撮影?」と尋ねる。スタッフは「そう、映画館の取材みたいよ」と説明していた。その受け答えから、その女性客の生活スタイルに、ここで映画を観るという事がしっかりと組み込まれており、ここが地元に根付いた映画館だと分かる。「ウチみたいな地方にある小さな映画館は完全に地元密着型じゃないとやっていけませんよ」と語ってくれたのは『ジストシネマ和歌山』の連石紘充氏。「和歌山と違って、御坊や田辺に来るお客様は、子供やお孫さんを連れて来たり、買い物のついでだったり…近所に映画を観に行く感覚で来られます。近隣に競合のシネコンが無いからこそ、地域に住んでいる人たちに寄り添う必要があります。サービスや接客を一番に考えて、ここに住む人たちがまた来たいと思える映画館にしないとならないのです」


場内の撮影準備を進めていると、清掃をする女性スタッフがカメラを構えた私に「あっ、ごめんね。ベッピンさんが写り込んじゃう」と言って、あはは…と笑った。こういう言葉が普通に出て来るのは、さすが関西だ。だから地元のお客さんと自然に仲良くなるのだろう。モニターのタイムテーブルを熱心に見ていたおじさんも普通に話しかけてくる。関東ではなかなかこういう関係は生まれない。「やっぱりジストさんはイイネって言ってもらいたい。子供たちに映画をもっと好きになってもらいたいから、学校の社会科授業として映画館を貸し切って上映会を行ったり、時には近隣の街に映写機を持って出張上映を行ったりしています」どうしても中学・高校生になると行動範囲も広がって、和歌山市まで電車で出てしまうため『ジストシネマ御坊』が一番弱いのがティーンのお客様だという。近年は和歌山県でロケが行われたご当地映画が目白押しで、毎回ジストシネマ全館を上げて応援されている。たまには自分の暮らす街の映画館で、ゆっくりと地元の映画を観てはどうだろうか。(2019年4月取材)

上映作品は東宝系のファミリー向け作品を中心として、洋画はお客様の層を考えて吹き替え版がメインだ。同じ洋画を掛けるとしても御坊と田辺で、吹替えと字幕を分けているという。「どうしても3スクリーンしか無いため上映作品も限られてしまいます。また、小さなお子様が多いので吹き替え版しかやらなかったりするので、字幕慣れしているご年輩のお客様からは、もっと大人向けの映画を掛けて欲しい…と要望をいただいています。とは言うものの…どうしても“名探偵コナン”とか“ドラえもん”のような小さい子供向けのアニメが主流になってしまうので、常連のお客様にはジストシネマ和歌山へご案内させていただいてます」コチラで発行されているOEカードを提示すれば、ジストシネマ共通で割引サービス(通常300円引き・月曜は1100円)が受けられるので常連の映画ファンは上手く梯子されているそうだ。シートが赤・青・緑に色分けされたワンスロープの場内はビルの中にある映画館としては天井が高く、傾斜角があるため、どこの席からも観やすいのが特長だ。


【座席】 『CINEMA1』206席/『CINEMA2』160席/『CINEMA3』106席 【音響】SRD

【住所】和歌山県御坊市湯川町財部181ロマンシティ御坊3F 【電話】0738-32-3230

  本ホームページに掲載されている写真・内容の無断転用はお断りいたします。(C)Minatomachi Cinema Street