和歌山県中南部にある紀伊田辺駅から6時過ぎのJR紀勢本線始発列車に乗って、新宮市にある紀伊佐野駅に向かう。新宮市は三重県との県境部に位置する県南東部の熊野灘に面した港町だ。各駅停車に揺られること2時間42分…ワンマンカーで26駅の行程は、山の中を木すれすれを走ったかと思えば、トンネルを抜けると突然小さな港が現れたり(途中、周参見という比較的開けた駅を過ぎたあたりから、絶景の海岸線を走る)、車窓から景色を見ているだけで目一杯楽しんだため全く疲れなかった。ホテルのフロントマンにもタクシーの運転手さんにも、行き先を告げると、「えーっ、あちらまで行かれるのですか?遠いですよ」と驚かれたが、実に楽しい移動旅行だった。途中…ふと、こんな山奥まで国土地理院の人たちは調査に来ているのだろうな…と思ったりもした。目的地まで30分程というところでちょっとしたハプニングが起きた。途中の道路で伐採した大木を積んだトレーラーが横転して、その影響で紀伊田原という無人駅で2時間近く待たされたのだ。正直、これには参ったが、運転手さんともう一人の乗客と世間話しをしながら、思いがけない交流を深める事が出来た。 目的地の紀伊佐野駅も木造の小さな無人駅で、とても映画館がある駅とは思えない。授業が終わると近くの高校に通う学生たちで狭い駅舎はいっぱいになる。ここ新宮市は、世界遺産に登録された熊野古道と、古くから自然崇拝を根ざしている熊野本宮大社と熊野速玉大社の間を流れる熊野川の河口にある街だ。駅前の道を真っすぐ行くと熊野古道を訪れる観光客の海の玄関口として、クルーズ客船が入出航する新宮港がある。緑豊かな山々と紺碧の海が広がるその神秘的な魅力から、菅田将暉と小松菜奈ダブル主演の“溺れるナイフ”ではオール新宮ロケを敢行。新宮高校が舞台に使われていたことから、地元の高校生を中心に盛り上がりを見せた。近年は、和歌山出身の岡本玲主演の太地町を舞台とした“ボクはボク、クジラはクジラで、泳いでいる。”のロケが行われるなど、県を上げて映画製作に協力している。駅から線路沿いに歩くこと5分…突然、広大な敷地のスーパーセンターオークワ南紀店が現れる。前を走る熊野街道を渡るとそこはもう海岸で、かつて巴川製紙所の工場だった12万平米もの広大な敷地を、近畿・東海地方を中心にスーパーマーケットを展開する(株)オークワが開発。約2000台を収容出来る駐車場を囲むように、複数の飲食店やスーパーマーケットなどが建ち並ぶ敷地の一角に、2005年3月5日にオープンした本州最南端の映画館『ジストシネマ南紀』がある。 |
前身は、新宮市内にあったペアシティというショッピングセンターに1988年12月にオープンした『ジストシネマ新宮』である。2スクリーンを有する紀伊半島南端に唯一の映画館でジストシネマの記念すべき一号館だ。映画館の売店が、隣接していたジストスポーツと共有スペースとなっており、スポーツ後の子供たちにアイスを配るなど地元の人たちから親しまれていたが、『ジストシネマ南紀』のオープンに入れ替わるように閉館した。新宮市は海と山に囲まれており、近隣に競合するシネコンが無ため他所で映画を観るには車で2時間近く掛かってしまう。そんな環境と駅に近いという利便性から、幅広い年齢層のお客様から支持されている。「ウチはジストシネマ系列館で一番新しいので、設計や設備に関しては最新のシネコンに引けを取りません」と自負されるのは、支配人を務める分部慎司氏だ。「ここは、本当に愛されている映画館だと思います」という言葉通り、お客様だけではなく、設立時からのスタッフが多いことからも分かる。 |
エントランスから中に入ると広いロビーの目の前にチケット売場がある。土曜日の朝イチの回には若者からお年寄り、家族連れが多く訪れて列を作っている。コンセッションにも力を入れており、ジストシネマ名物のカリカリ食感が人気のフライドポテトやさつまいもを使ったヘルシーなスイーツなど豊富なメニューを取り揃えている。また、カフェスペースも広く、テーブル席とカウンター席が用意されているので、上映までの待ち時間もゆったり過ごす事が出来る。この地域の商業施設としては一番の規模を誇る広い敷地内には、駐車場を囲んで、スーパーマーケットのオークワ(中にはテナントとして本屋やホームセンターが入る)を始め、ユニクロやケーズデンキ、ファーストフード店が軒を連ねていることから、来場者は映画を観たついでに色んな用事を済ます事が出来る利便性も大きな要因であろう。若者は映画の帰りに『ジストシネマ南紀』の隣にあるゲームセンターで遊んだり…と、幅広い年代をカバーしている大きな街なのだ。 |
「南紀は和歌山県でも奥にあって、近隣に映画館が無い場所です。だから地元の映画好きのお客様が、いつも楽しみにしていただいているのです」最近では“ボヘミアン・ラプソディー”や“この世界の片隅に”に多くのお客様が詰めかけた。お客様の層としては、紀勢本線沿線にあるジストシネマの中でもダントツに年輩の方が多い。来場される常連客からは、「耳が遠いので家で見るより映画館の音響の方がよく聴こえて助かる」という声が寄せられている。大音量で画面が大きいから存分に楽しめるというのが、映画館を選ばれる大きな理由だ。中には毎週来場される熱狂的なファンもいて、仕事で来れない時は来れない時は翌週に二本続けてハシゴされるそうだ。「皆さん年代的に映画好きの方が多く、御坊や田辺よりもアカデミー賞を獲った作品は強いんですよ。逆に御坊や田辺はCMで告知するメジャー系が強い…繁忙期には同じ作品を3館同時にやることもありますが、動員数に差が出るのは地域柄なんでしょうね」 このようにジストシネマ全店を体験して来た分部氏だからこそ地域によってお客様が求めることの違いを肌で実感してきた。「映画館って非日常を感じられるところで、色んなお客さんがいて色んな反応があって…一人では味わえない体験が出来る場所です。帰る時に振り返って、あぁ楽しかったなって思ってもらえたら嬉しいですね。そんな愛される映画館を引き続き目指したいと思います」と語る。取材中、上映ギリギリに駆け込むカップルがいた。男の子がチケットを購入する間に女の子がコンセッションで二人分のポップコーンとドリンクを購入する。「まだ予告編だから大丈夫ですよ」と声を掛けるスタッフの言葉に安心して、早足で入場口へと進む時の表情は笑顔だ。それが映画館で映画を観る魅力なのだ。(2019年4月取材) |
【座席】 『CINEMA1』188席/『CINEMA2』115席/『CINEMA3・4』80席【音響】SRD-EX・DTS・SRD 【住所】和歌山県新宮市佐野3丁目11-19スーパーセンターオークワ南紀店 【電話】0735-31-3900 本ホームページに掲載されている写真・内容の無断転用はお断りいたします。(C)Minatomachi Cinema Street |