中津駅前から路線バスに乗って国道212号を内陸へ向かう。降雨量が少ない地域と聴いていたがこの日は珍しく朝から土砂降りで、平日の早朝に駅から反対方向へ行くバスに乗客は私一人しか乗っていなかった。10分ほど走ると車窓からの景色も変わってくる。「イオンモール三光にあるシネコンに行きたいのですが、このバスで良いですか?」と尋ねると、実に気さくな運転手さんで「雨の中大変だしお客さんもいないから映画館の近くまで行ってあげるよ」と本来の停留所よりも奥にあるリムジンバスの乗降場所までわざわざ回ってくれた。街なかを抜けて公園の向こうにあるショッピングモールという立地が幻想的な雰囲気を醸し出している。路線バスのルートを変更してくれた運転手さんに丁重にお礼を言いながらバスを降りる。イオンモール三光の駐車場の一画に独立した映画館として建設されたシネマコンプレックス『セントラルシネマ三光』は2020年3月27日にオープンした。

当初は3月初旬にオープン予定だったが、2月あたりからコロナが蔓延し始めたためオープンが延期された。「そこから更に感染が増えて来たのですが、まだ当時はコロナがどういったものか分からない状態でしたので、これ以上は延ばせられないとオープンの決断をしたのです」と語ってくれたのは支配人の石川沙和さんだ。運営するセントラル観光株式会社は、大牟田と宮崎にシネコンを展開する老舗興行会社で、大分県内に初出店となる3館目のシネコンだった。かつて中津駅前にあった“中津シネマ”が閉館して以来、長年映画館が無い街となり、地元の人たちからも映画館を切望する声が上がっていたという。そもそも大分県は九州の中でも比較的映画館が多いエリアで、若い人ならば車で県外の小倉や福岡まで映画を観に行ける交通の便が良い場所だったため、その中間に位置する中津市は映画館空白地帯という時期が続いていた。ところが車で長距離を移動するのが困難なシニア層から「街に映画館が欲しい」という声が上がり始めたのだ。「そこで中津市からも協力していただいて、イオンモール三光の駐車場に新しくシネコンを作ろうという事になったのです」


『セントラルシネマ三光』のすぐ横を流れる山国川は日本三大修験山として数えられる永彦山を水源として周防灘に注ぐ一級河川だ。上流には日本三大奇勝として知られる耶馬溪がある。直立した岩肌に生い茂る木々は水墨画のようで、光の加減で幻想的な雰囲気を醸し出す。幾重にも折り重なる岩の間を縫うように流れる山国川は四季折々様々な表情を見せて多くの観光客が訪れている。そんな耶馬溪のイメージでデザインをされている館内に入ると目に優しいナチュラルなロビーが広がる。「ロビーの窓を大きくしてたくさん自然光を取り入れているので、明るい雰囲気を出す事が出来ました。これも単独の映画館だから可能だったと思います」こちらのキーカラーである緑を基調としたモザイク模様のカーペットも目に優しく外光が差し込むとロビー全体がパッと明るくなるのが大きな特長だ。「ウチの会社が運営する映画館はそれぞれ独自のカラーを打ち出してしていて、ここでは中津市の豊かな自然をイメージした緑を取り入れました」場内に入ると石川さんの言葉の意味がよく理解出来た。シートの背もたれの色が深みのある緑からトーンを変えてランダムに配置されているため森の中にいるような奥行が生まれているのだ。そしてシートに腰を下ろすとまるで自然の中に抱かれて映画を観賞している気持ちになる。

地元の人たちから熱望されて完成した『セントラルシネマ三光』だが、コロナによって当初の予定を大幅に変えざるを得ない状況下でオープニングを迎えた。「大量のCMを打つとか、イベントも色々用意していたのですが、それが全部中止になってしまいました。それでもオープン当日にたくさんお客様が来てくださったのが嬉しかったです」それが4月以降は客足も一気に減ってしまい営業自体出来なってしまった日もあった。作ったものの映画館で売れないポップコーンをカップ詰して賞味期限を表示して店頭で販売したり、イオンモールの店頭や近隣のTSUTAYAにも協力してもらいギフト券を販売するなど本来の業務とは異なる地元の人たちに周知してもらう営業を続けざるを得なかった。オープニングスタッフとして転職してきた石川さんにとって予想もし得なかった事態の中、何が正解か分からないまま観客が来ない映画館で業務をこなす日々が続いた。「さすがにお客様が来なければ最低限の仕事しかない。でもそれが日常だったんですよね。最近の忙しさからあの時が暇だったんだな…と改めて思います」そんな状況下でもコロナが明けた時に、お客様になってくれる人たちが来るように事前準備として、新しいシネコンがオープンしたというPR活動とシネマ会員の入会キャンペーンは欠かさず行っていた。


最初の頃は映画館を開けても新作が制作されなかったためジブリ作品など旧作を上映していた。「ジブリの旧作は劇場では掛からないと聞いていたので、本当にありがたかったですね。思いも掛けない上映だったのでスタッフも個人的に観に来ていたんですよ(笑)」そんな状況で光明が見えたのが2020年10月に公開された”劇場版 鬼滅の刃 無限列車編”だった。半年以上も外出がままならない状況が続いていた中、まるで堰を切ったかのように多くの観客が訪れたのだ。「まだその頃は飲み物だけがOKという状況でしたが、私としては初めてのヒット作品でしたので本当に嬉しかったです。何よりも今まで鳴らなかった電話に問い合わせがたくさん来て、皆さんも映画館で映画を観たかったのだ…という気持ちが伝わって来ました」最近はコロナ対策の問合せも減って来てようやく日常を取り戻しつつあると感じている石川さん。コロナ禍からの仕事初めだったため、本来の動員数について最大値がどれだけなのかをまだ把握し切れていないと語る。「コロナも落ち着いて来た時に公開された”スラムダンク”や”スーパーマリオ”以降の来場者数が本来の数字なんだろうなという感触はありますね。スタートが特殊だったので私にとって全てが初めてのようなものです。場内やロビーが混雑するとこうなるのか…と改めて実感しています」やはりイオンモールのターゲット層がファミリー中心であるため作品も子供向けのアニメが中心となる。何より大きなサービスは、駐車場が買い物をしなくても無料である事だ。これも土地がたくさんある強みかと思われるが、上映時間が長い”オッペンハイマー”のような長尺の映画を観てからゆっくり食事をしても、映画の日に2本続けて観賞しても駐車料金の心配がいらないのはありがたいサービスだ。

お客様は中津市とお隣の宇佐市を中心に地元の方が多く来場される。県内でもここでしか上映されない作品の時には大分市内からも来られるという。コロナ前から街に映画館を…と望まれていた方が多かっただけに、ポイントカードを持ってもう100回も来ているという常連さんもいらっしゃるそうだ。「映画館にお客様が来なかった時、とにかくシネマ会員になってもらおうとアピールしていたので、100回も来てくれているポイントカードを見せてもらうと嬉しくなって、100目ですね!ありがとうございます!と思わず言ってしまいました。そんなポイントカードを見ると映画館が出来たことを喜んで下さっているんだって思います。それでも未だに初めて来ましたというお客様も多いので、まだまだこれから…という感じですね」最近になってお客様の層と好まれる作品の傾向も少しずつ見えてきて「やっと回り出したかな…というところなので、この調子を続けていくことが大事だと思っています」このポイントカードは入会金300円で毎週木曜日のシネマポイント会員割引デーは1200円(本人限り)で観賞が可能だ。しかも最後に観賞した日付から自動的に更新(勿論ポイントも繰越)されるので、少なくとも年に一回以上観賞される方はカードを作った方が断然お得だ。ポイントを貯めてコスパ的に一番安く映画を観られる日に映画の梯子をされる方も増えている最近はシニアの常連客も増えてきてミニシアター系の作品も充実してきた。「常連の皆さんは映画好きのシニアの方で頻繁に来てくださるので、そういう方々が飽きないようにコンスタントにアート系の作品を掛けるようにしています」と言われる通り、近隣のシネコンよりも比較的アート系の作品が多いのが特長だ。


こうした幅広い客層に向けて心がけているのは「笑顔を大切にする」とこと。「フロアに立つとよくスタッフと常連さんがおしゃべりしている声が聞こえてくるんですよ。マニュアルではなくお客様との距離の近さが他には無いところと自負しております」ようやくスタート地点に立ち、今まで出来なかった事をやって行きたいと語ってくれた石川さん。「まずは認知度を上げるために、キャンペーンとかも積極的に打ってたくさんの地元の方に知ってもらいたいです」お客様の満足度を上げるために小さな事からコツコツと築き上げてきた。例えば、コンセッションでは販売するメニューを常時見直して入れ替えている。「最近、コスタコーヒーを導入して以前よりもコーヒーの種類も増えました。おかげでドリンクを購入する目的だけで来場されるお客様もいらっしゃるんですよ」またその他の提供メニューについても今後もお客様に喜んでもらえるよう常に検討を続けているそうだ。

今までは買い物をしに来る場所だったイオンモール三光も映画館が出来た事で、買い物にプラスアルファで、映画を観て一日ゆっくり過ごせる場所になった。つまりモノ消費だった場所にコト消費という体験型の施設が加わった事で来場者の目的や嗜好も大きく変化したのだ。「映画館として色々楽しむ場所のひとつになれれば良いと思っています」だから映画を観る目的じゃなかった家族やカップルが買い物をしながら、映画のポスターに目を止めて、せっかくだから観ていこうか?…と予定外の行動を起こす。これは小さいながらも日常の中のハプニングであって、そうした事象の積み重ねで地元に暮らす人たちの生活に深みが生まれる。「地元感のある映画館を作っていきたい」という石川さんは、何よりもここに映画館があることを地元の人たちに認知してもらえる事を最優先として活動をしていきたいと最後に述べてくれた。(2024年2月取材)


【座席】『Cinema1』160席+2HC/『Cinema2』116席+2HC/『Cinema3』236席+2HC/『Cinema4』116席+2HC
    『Cinema5』84席+2HC/『Cinema6』94席+2HC/『Cinema7』84席+2HC/『Cinema8』94席+2HC
【音響】7.1ch

【住所】大分県中津市三光佐知926-2 【電話】0979-53-9415

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