「ミニシアターというのは、お弁当箱みたいなもの。その中に入っているおかずが映画で、お客様は今日は何を食べようか?っていう気持ちで映画を選ぶと思うんです。だから懐石料理だけの弁当箱ではなくて、なんでも食べられる弁当箱でありたいと思っているんです」渋谷駅南口から歩いて5分ほど渋谷の喧騒から少し外れた場所にあるミニシアターの老舗『ユーロスペース』。支配人の北条誠人氏が冒頭で語ってくれた通り国籍・ジャンルを問わず様々な作品を上映している。「あえて専門館にはせず、お客様に発見を楽しんでもらえる…そんな劇場でありたいです」1982年『ある道化師』でオープンした当時は多目的ホールとして講演会やコンサートなどを催していたが85年公開した『ヴィデオドローム』より常設映画館としてスタート、94年の改装から現在の2館体制となった。


オープン以来、ニューヨーク・インディーズやヌーヴェル・ヴァーグなどの日本では埋もれた作家を一早く紹介したり、日本の新人監督発掘の場ともなっている。その過激な内容ゆえに上映も危ぶまれた『ゆきゆきて神軍』が最多動員記録を持つなど映画業界だけではなく、社会現象まで引き起こした作品を数多く紹介しているのもココ『ユーロスペース』の特徴だ。「正直な所、マイナーな事をやっていたら上映作品がこうなってしまったんです。ウチは渋谷といっても中心ではないですからね…劇場の大きさと作品の大きさが一致している作品を選んでいたら自然とジャンルには固執しない『ユーロスペース』の流れが出来てしまったわけです」と支配人の言葉通り上映作品群でココの劇場を一言で語るのは難しい。キアロスタミやカウリスマキの新作をいち早く紹介はしているものの作家にこだわらず、あらゆる世界観を持った作品を数多く送り出している。

「“ココへ来れば何かやっている”っていうイメージを大切にしたいと考えています」最近では日本映画監督の昔の名作を特集を組んで上映するなどして新しいファンの動員を図っている。増村保造の特集上映は今までに無い盛り上がりを見せ、今年に入って日活ロマンポルノの大御所である小沼勝監督特集が大好評だった。この企画が実現した背景は中田秀夫監督が先輩である小沼勝のドキュメンタリーを北条支配人に持ち込んだことに坦を発する。「こういった企画は数年前では考えられなかった」と支配人が驚くほど女性客で場内は埋め尽くされていた。勿論、現在でも新人の監督たちが自分の作品を持ち込んで来るケースも多く良い作品は積極的に上映している。「日本映画のクオリティーはかなり上がってきていますけど、まだまだ上映できる映画館が少ないですよね」それだけにココが若き才能の登竜門であり開花させる貴重なチャンスの場となっているのである。


「やっぱり映画を観る事が大切であって、劇場は過剰なサービスをするよりもコンフォータブルな雰囲気でお迎えすればいいんですよね」と言われる様に、ロビーはいたってシンプルで、入口の傍にビデオや関連グッズの販売しているスペースがあるのみ。ロビーでの待ち時間、確かに余計な雑音が無く映画への集中を余儀なくされる…それで良いのかも知れない。客層についても男性と女性の比率は半々くらいで、学生というよりも年齢層は社会人が中心で構成されている。上映作品によっては年輩の方も多く、常に落ち着いた雰囲気を保ち続けている。2館ある内、『スペース1』では主に特集上映や日本の新人作家の作品を中心に上映、ビデオ上映も可能な『スペース2』ではヨーロッパやアジア映画のロードショウ作品を上映している(ただし人気のある作品によって館が変ることもある)。小じんまりとしていながら落ち着いた雰囲気のある場内はロビー同様、映画鑑賞する事を第一に考えられている。スクリーンの位置・椅子の角度など理想的な空間である。「音楽や舞台に比べて映画はまだ細分化されていない。年齢、性別関係なく同じ場内で同じものを体験出来るのは映画くらいですよね。映画館で映画を観る良さっていうのは、そこにあると思います」映画館という弁当箱の中味を正に世代を越えて一緒に味わえる…なんて素晴しい事なんだろうと改めて思った。

受け付けでは常時、会員の入会が可能で1000円の入会金で1年間当日料金が1100〜1300円で鑑賞出来るのが最大の魅力。入会した当日から利用出来る。また、こちらで販売されている劇場独自のパンフレットも毎回デザインに凝っており、地方からの問い合わせが多い。バックナンバーの在庫がある限り通信販売も行っているのでファンにとってはウレシイ限りだ。「以前に比べてミニシアターの個性というのが薄くなっている気がします。観客も一人の監督に固執するのではなく、色んなジャンルの作品を観ようとしている…むしろそれが健全な映画の楽しみ方だと思うんです。そういったニーズに応えるというのが今後の大きな課題」と、言う支配人の言葉にあるように料金だけではない内容にしても観客の求めているものに応えていく…『ユーロスペース』の姿勢は今も昔も変っていない。(取材:2001年6月)

【座席】「ユーロスペース1」75席/「ユーロスペース2」106席 【音響】DS・SR「ユーロスペース2」のみビデオ上映可

【住所】東京都渋谷区桜丘町24-4 東武富士ビル2階 ※2005年11月に一時休館して、2006年1月よりQ-AXビルにリニューアル。

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