江戸時代は武家屋敷があった場所で、現在も閑静な住宅地として知られる東京、山手線内に位置する千石。都営地下鉄“千石駅”を降り、交通量の激しい白山通りから一歩路地に入ると、メイン通りの慌ただしさから一転した静かな住宅街がある。その路地を入って間もなく、壁面を黒く塗られた建物が目に飛び込んでくる。“劇団昴”を要する(財)現代演劇協会が運営する劇場『三百人劇場』だ。1974年に演劇専門の劇場として設立されたコチラでは、オープン当初から公演がない時期(ゴールデンウィーク・夏休み・正月)に映画の上映を行っている。上映内容は様々なジャンルの特集を組んでおり、中でも“全貌シリーズ”と銘打った監督や国、最近では撮影監督に焦点を絞って一挙に数十本の作品を上映する企画が人気を博している。設立当時は、まだミニシアターが少なくバウシリーズの単独上映も行っていたが「実は、ある意味映画館としての役割は果たしてしまっているんです。ミニシアターが乱立する現在では、むしろ企画上映等を行って名画座の役割を担おうと上映しているわけです。」と語ってくれたのは上映作品の選定等を手掛けているプロデューサーの大矢敏氏だ。作品(特集)の選定基準は「勿論、お客様が来てくれる作品を考えなくてはならないのですが、とにかく昔の作品は資料が無い…まずは狙いをつけて、それから作品を観るようにしているのですが、作品によってはビデオも無かったり、どういう映画がさっぱり判らない物があったりする。何とかインターネットで不足している部分を収集したりして(笑)判断基準にしています。」と苦労を語る。それだけに、これは面白そうだと判断してニュープリント上映した時にお客様の反応が良かった時は喜びと安堵で胸を撫で下ろすという。こうしたニュープリントは劇場が自費で行っており、かつて川島雄三監督特集で“とんかつ一代”という隠れた名作を思い切ってニュープリントにしたところ問い合わせが殺到し、思いもかけないヒットになったという。
これぞ!という作品に関しては前述の通りニュープリントを焼くものの、永く保管されていたままのプリントを掛けざるを得ない事も多く、上映する際の苦心は数えきれない。





「埋もれた作品というのはプリントするコストも掛けられず、ずっと提供される会社に眠っていたものですから、フィルムが化学変化を起こして劣化している場合が多いのです。缶を開けたとたんに酸化した酢の匂いが部屋中に立ちこめて、換気したら外にまで匂いが漏れて、向いにお寿司屋さんがあるんですがそこの匂いと思った人もいたくらい…なんていうこともありましたからね」と今では笑い話のようなエピソードだが、現在でもフィルムの状態が悪い事はしばしばあり、映写技師の苦心は並々ならぬものがある。ただ、こうした映写技師泣かせのプリントは実は第一世代と呼ばれているプリントが多く、傷だらけであるにも関わらず画面の抜けが素晴らしく、ニュープリント版が再現出来ない画面の明るさやピンの光り方が素晴らしいという。「第一世代のモノクロ映画は老朽化して、いつか消えて行く運命ですから、こうしたフィルムに巡り会えた方はむしろラッキーなのです。(笑)是非、その違いを感じて頂きたい」と大矢氏は語る。

スタジアム式の場内は照明が抑えられ、非常に落ち着いた雰囲気を醸し出している。さすが演劇を上演しているだけに音の通りは抜群で、セリフの聞き易さはトップクラスといっても過言ではない。外観と同様、壁面を黒く塗られたロビーも心地良い重厚感に満ち溢れており、丸い窓からこぼれる外からの明かりが柔らかいコントラストを生み出している。また、空きスペースを埋め尽くすかのように置かれたチラシを収集するのも楽しみのひとつだ。入口の受付では特集上映の関連資料や関連グッズの販売を行っており、コアなファンの方向けの回数券もコチラで購入する事が出来る。元々、映画館で回数券を導入したのはコチラが最初で、特集によって異なるが40〜50本の上映を行う際は10、5、3回券を用意している他、特集期間は何度でも入場出来るフリーパスも発行している。






20本以上観ると元が取れるということで毎回購入されるリピーターも数多くいるという。客層としては10代から年輩に至るまで幅広く、毎回通われる常連の多さも特長のひとつ。かつては2本立て上映を行っていたが、土日にたくさん観たいという声に応えて各回入替え制で1日4本のプログラムを組むようになってから土日に8本全てを観て行かれる強者もいるという。「全貌シリーズは、一挙にその時代の背景を観る事ができるということですから、やはりファンの方も“だったら全部観ようじゃないか…”と、劇場の思いにしっかり応えてくれているのだと思います。」

コアなファンの方が多いだけにメジャーな作品よりも割と珍しい作品に人気が集中しており、客層としては“通の映画ファン”と“懐かしさを求める年輩層”に分けられる。女性に比べて男性客が多いというのもミニシアターの中では珍しい劇場だけに作品も女優が美しく撮られているものに人気が集まっている。「家で観る映画と劇場で観る映画は同じ映画でも違う物だと、お客様のほうでも棲み分けをされているようです。夏に行った“戦争と人間”三部作を観に来られたお客様が2万円以上もするDVDボックスを購入されて行きましたから…。家で観る物はあくまでも所有するためのものであって、だからと言って映画館に足を運ばなくなるということは無いわけです。だからこそ、そういった方々に満足してもらえるプログラムを組まなくてはならないと思います」と作品選定への取り組む姿勢を語る大矢氏。最後にこう続けた「ウチみたいな特集上映をしている劇場にとって1人のお客様の力は、時に10本の映画を観に来て頂けると10人の力に相当するわけです。500人のお客様が10本映画を観ると5000人が来場された事に匹敵しますからね。だからこそ、映画の選び方ひとつとっても自分の好き嫌いじゃ済まなくなる。『三百人劇場』ファンの実質的な数は、決して渋谷や新宿に負けないはずですから、がっかりさせるような内容にだけはしたくないですね。」(取材:2005年8月)


【座席】302席 

【住所】東京都文京区本駒込2-29-10 
2006年12月31日を持ちまして閉館いたしました。

  

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