昭和30年代には大分県内に140館以上もの映画館があり、大分市の繁華街である府内町は大小20館近くの劇場が軒を連ねる映画館通りとして栄えていた。映画の斜陽と共に映画館の数も減り、昭和60年代には5つの劇場を有する『シネマ1〜5』と4スクリーンで構成された『セントラル劇場』を残すのみとなってしまう。新しいコンテンツ産業が誕生する中、観客動員数が激減した事によって映画館の経営も逼迫していた時代だ。大スクリーンの映画館が姿を消す中で台頭してきたのは全国メジャー系に掛からない良質な作品を上映するミニシアター。




当時の大分市ではいわゆる単館系の映画が一般の劇場で上映される事はなく、映画サークルや個人が自主上映と称して映画館を借りて何とか観られる程度であった。現在、大分市内で数多くの名作を送り続けてきたミニシアター『シネマ5』が“ベルリン天使の詩”でオープンしたのは、映画館の変革期に当たる昭和64年1月7日の事だった。「赤字経営の続いていた二番館の『シネマ5』を閉館すると聞きまして…閉めるのならば僕にやらせてもらえないか?と頼んだのが始まりです」と語ってくれたのは支配人の田井肇氏。「オーナーは“損するだけだから止めた方が良い”と言ってましたが、確かにそれまでの上映形態ならば難しいでしょうが、常設館で掛からなかった作品で、商売にはならないかも知れないけれどギリギリ採算が取れる程度の観られていない作品を中心とした運営ならばやって行けると…まぁ僕自身3年保てば良いかな?程度に思っていたら23年も続いてしまいましたが」と笑う。『シネマ5』という館名はそのまま引き継ぎ、ロビーや場内は時間を掛けてコツコツ改装を施してきたという。

「オープンした日は、ご存知の通り昭和天皇が崩御された正に昭和最後の1日で、本当は映画を観るなんてとんでもない。だから休憩中の音楽も無くひっそりと開場していたんです」と、オープン初日を振り返る田井氏。3年で潰れても人の記憶に10年残る映画館でありえたら…という思いから始めた映画館だが、田井氏が劇場を引き継いでから5年も経たない内に他の4つの劇場は閉館。更に市内に唯一残っていた“シネマセントラル”が2010年の年末に閉館が決まり、田井氏はその内の1館を引き継ぎ『シネマ5 bis』という館名で平成23年3月12日、折しも東日本大震災の翌日に2館目のミニシアターとしてオープン。「これは浮かれて派手にやってはいけないという私への啓示だと思っています」

「僕の中にどこかで体験した映画館像というのがあって、きっとそれをカタチにしようとしたのが現在の劇場の姿なのでしょうね」つまり田井氏が考える理想の映画館というのは入ってから出るまで迷路のような構造になっており、映画が終わってもすぐに外に出られないある種の複雑さが必要だというのだ。その言葉通り、『シネマ5』のエントランスからロビーを抜けて場内に入るまで小さな小上がり的な階段を上がって、さらにもうひとつ小さな空間を抜けてようやく場内にたどり着く。確かに取材中にも男性のお客様が「いつも入るところ間違っちゃうんだよなぁ」と女性スタッフにグチを笑ながらこぼしている姿が見受けられた程だ。「滞留時間を出来るだけ長くしてあげる事が大切なのです。つまりその時間が映画が終わって現実の世界に戻るまでの準備時間なんですね」


それがテレビと映画館で観る映画の違いだと田井氏は分析する。「テレビの場合、映画が終わった途端にいきなり無関係なCMが流れてくるから余韻も何もあったものではない。でも家という環境は映画と現実の距離が近いから許されるのです。映画館は暗闇の中で観る事によって映画と現実の距離が非常に遠い…だからこそ上映が終わってからが重要なのです」コチラでは上映後、場内の明かりのつくタイミングや速度など映画が終わってからの時間に最善の気を配っている。「ウチの劇場は、お客様を現実の世界にゆっくりとソフトランディングさせられる映画館を目指しているのです」

そんな思いはロビーの内装にも表れており、実は『シネマ5』のロビーには死角が多いのが特長的だ。「お客様が好きにいられる空間…それって劇場スタッフから干渉されない自由にいられる場所を提供してあげる事なんですよね」と言われる通り、これは意図的な演出。出来るだけスタッフがいる受付から休憩スペースが見渡せないようにする事でお客様が気兼ね無く何時間でもロビーでくつろいでもらえる配慮された設計なのだ。「映画が終わってもすぐに帰りたくない時ってあるじゃないですか。例えば、映画の本を販売していますけど、買ってもらうのを目的としているのではなく、お客様が帰らずにいられる理由を作っているんですよね」映画に感動して後ろ髪を引かれる思いでなかなか帰ろうとしないお客様が多いというのは映画館が求めている理想の光景だと田井氏は語る。「映画館に必要なのは、そういった懐の深さだと思うのです」エスカレーターを上がるとガラス張りのエントランス…そして奥には木の風合いが柔らかな受付とゆったりとくつろげる休憩スペースが広がる。オープン以来コツコツと少しずつ手を入れているというロビーは常にお客様が快適に過ごせるよう良いものを取り入れて進化を続けている。






『シネマ5』『シネマ5 Bis』共に現在上映中のチラシを置いている事をサービスのひとつと挙げられる田井氏。「映画館を始めた頃、パンフレットが売れなくなるから上映中のチラシは置かない方が良いとアドバイスを受けた事があるんです。お客様にとって一番大切なことは次回作が何か?なんていう事よりも“今観た映画が面白かったか?”という事なんです」田井氏は映画の宣伝ばかりに注力する現在の映画館のあり方に、果たしてそれはお客様の側に立っている事なのだろうか?と疑問を投げかけている。「それって定食屋に入って自分の注文したものも食べていないのに、次はトンカツ食べてよ!って店主が言っているようなもの。大事なのはお客様が観たばかりの映画を大切にしてあげる事じゃないでしょうか」お客様が感動したばかりの映画のチラシを帰り道々見ながら自分にとっての映画を作っていく…そのお手伝いを我々がする事で何日か後にお客様が“映画館に行って良かったな”と思ってくれれば良いのだと田井氏は語る。「そこで初めて、お客様がまた次の映画を観に行こうかなって思ってくれるのが正しい順番だと思うのです」サービスを料金に換算するのではなく、お客様が映画館で映画を観る体験を豊かに出来るものは何なのか?を常に模索し続ける二つの映画館は自由にゆっくり映画と向き合える空間だった。

上映作品を選ぶ際も田井氏なりの判断基準があるという。「僕が観たい作品を選ぶ事だけはしないようにしています。僕が好きな映画を掛けるというのは逆に言えば、僕が嫌いな映画を掛けない…という事になりますよね?多分、小さな作品は、ウチでやらなければ大分市近隣では観られなくなるわけです。たとえ面白くない映画だとしてもそれを判断するのはお客様であって、僕が映画の良し悪しを決める立場にはなりたくないのです」


確かに、映画というのは観られて初めて評価されるわけで、上映されないということは“つまらない”と言われるチャンスすら与えられない事になるのだ。「映画というのは、長い時間の中でだんだん好きになっていくというもの。言い換えれば、初対面ではとっつきにくくても付き合っていく内に評価が良い方向に変わる事と同じではないでしょうか」現在、デジタル化によって急速な変化を来たしている興行界にとってここ数年が正念場だと田井氏は分析する。

地域に映画館が必要かどうか?それは住んでいる人たちの声が大きく左右してくるであろうというのだ。「映画館は若い時に映画によって失恋の痛手を軽減してもらったり勇気をもらったりした場所。今の若い人たちにも元気や知恵を与えてくれる場所として、全て閉ざしてしまわないよう、映画館を残して行きたいですね。そうじゃないと今のままでは、若い人に残すのは大人たちの膨大なツケだけ…という結果になってしまいますからね」(取材:2011年9月)


【座席】 『シネマ5』74席/『シネマ5 bis』168席 【音響】 DTS・SRD

【住所】『シネマ5』大分県大分市府内町2-4-8 『シネマ5 bis』大分県大分市府内町3-7-7セントラルプラザB1F
【電話】097-536-4512

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