大分から特急に揺られること2時間弱、列車すれすれに生い茂る緑のトンネルを抜けると山間部に位置する日田市という小さな街が現れる。杉や檜といった林業が盛んな街らしくホームに降り立つと涼しい風が頬を撫でて豊かな自然の香りを肌で感じる。そんな日田駅から10分程歩いた場所にあるボーリング場に併設された映画館『日田シネマテークリベルテ』。2009年6月にオープンして以来、九州だけではなく日本全国のクリエイターから注目を集めているミニシアターだ。休業状態にあった映画館のオーナーから運営を引き受けてくれないか…と頼まれた支配人の原茂樹氏。 「閉館してしまうと二度と元に戻らないので、悪あがきでも良いから残したいと思っていたのですが、最初は引き受けるべきか悩みました」そんな原氏が劇場を引き受ける決心をしたのは、その年に亡くなった日田市出身の筑紫哲也氏が築いた“自由の森大学”が閉校した事だった。「それって一番やってはいけない事だと思うのです。誰も存続させる事が出来なかったというのは全てを筑紫さんに頼っていたから…筑紫さんが教えていた事と真逆の結果となってしまったわけです」その時、原氏が考えたのは日田(故郷)に対して何ができるか?という事だった。 |
勿論、家族や友人、同業者の人からも反対されたそうだが、「例え失敗しても返せないほどのリスクでも無いし…そこで初めて映画館を引き受ける決意が固まりました」という原氏は、今は奇跡的な場所になったと振り返る。「今は場所の魅力が少なくなっている時代…ネットでクリックすれば何でも買う事が出来ます。でも、ウチに並んでいる商品はネットのカートに入れるような販売はしない。ココに来て実物を見てもらう。映画もDVDではなく映画館のスクリーンでフィルムで観てもらう」面白い事に若い人のほうが一度、映画館で観るとその良さを直ぐに理解してくれるという。「だからカフェを利用している若い子たちに、ちょっと予告観る?って予告編を観せると直ぐに反応してくれますよ」 |
自然光が降り注ぐサンルーフの階段を2階に上がると、映画館とは思えない、雑貨店かオーガニックカフェを思わせるような居心地の良い空間が広がる。コチラの大きな特長は原氏の趣旨に賛同して協力してくれているデザイナーやアーティストが数多く存在しているという事。例えば、雑貨を陳列している棚に目をやるとデサイナーのはぎわらしゅう氏が手掛けた文房具が置いていたり、時にはロビーの一画を利用して小さな個展などを開いたり…と、映画館自体がクリエイティブな場になっている。「きちんと発信するときちんと帰ってくる…ただそれに尽きると思いますね」ロビーで販売されている商品ひとつひとつ商品の裏にある思い(それは地域の材料を使った鉛筆だったり)を大事にしていると原氏は語る。今ではこの場所がコミュニティーの空間となっており、ここで知り合ったお客様同士がおしゃべりに興じているという。「私たちの役目は媒体のひとつと考えているのです」つまり劇場という媒体を介してアーティストとお客様の橋渡しをしていく…それは映画だけに止まらず、ロビーで販売されている雑貨や書籍、ライブやワークショップ等のイベントだったりする。「きちっとやっていたら田舎でも見ている人は見てくれているんですよね」と原氏が言われる通り、様々なクリエイターが日本各地から『日田シネマテークリベルテ』を訪れている。「外から来た方に映画館の紹介をするのはなく、まず日田の案内をするんです」原氏は車で日田を案内しながら打ち合わせをされるそうで、その方が百聞は一見に如かず…劇場のコンセプトがすぐに理解してもらえるというわけだ。 原氏が作品を選ぶ時に思うのは、日田の人に観てもらいたい映画という事。「生活が豊かになる…その一部に映画があると思うのです。ロビーに並べている商品と同じように自分が選ぶ作品にしてもその作品の裏にある作り手の思いを大事にしたい」と語る原氏だが、殆どと言っても良いほど上映作品には自身の好みは一切入っていない。ひとつの作品を上映する時にどうすれば日田の人たちに興味を持ってもらえるか…作品の流れを作るのが映画館にとっての命という。 |
また、コチラでは上映開始の案内はブザーではなく、学校のチャイムで知らせている。「映画は人生を学ぶ教科書ですから。偏差値や入試のためではない…たくさんの人生が描かれている映画に、共感したり驚いたりして何かを学んでもらいたいのです」だからこそ、原氏は、上映が終わってお客様をお見送りする時に「ありがとうございました」だけではなく「いかがでしたか?」と声を掛けている。それは、心を込めて選んだ映画を大切にしているからこそお客様と分かち合いたいという気持ちの表れだ。
映写機を残そうという想いから存続が決まった『日田シネマテークリベルテ』だが、決して「古いものを残そう」という懐古趣味でやっているのではない。夢とか希望だけではなく、きちっと暮らしていこうという気持ちで映画館を経営しているのだと語る。だからこそ、特別な事をするのではなく、良いものを提供する…そんな当たり前の事を続ける事で自然と劇場のファンが増えているのだ。原氏が今でも大切にしている筑紫哲也氏の残した「故郷に誇りを持て」と「自発的に行動しろ」というメッセージが新しいスタイルの映画館として少しずつカタチになっている。「映画は無くても生きていける…けど、あるとものすごく豊かになる。素晴らしい映画は人生を劇的に左右すると信じています」ちょうど取材も終わる頃、上映開始のチャイムが優しく鳴り響いた。(取材:2011年9月) |