六甲山の山並みと船の汽笛が鳴り響く港に挟まれた異国情緒溢れる神戸の中心部にある東西1.2キロに伸びる元町商店街。東端の1丁目から西端の6丁目まで、それぞれがアーケード街となっており、戦前から商業の中心地として隆盛を極めていた。今も国際港らしく舶来品の店舗が数多く軒を連ね、地元の住民だけではなく県外からも昔日の神戸の雰囲気を味わいに訪れている。元町通の南側に外国人居留地があったことから元町から新開地のエリアには、いち早く西洋文化を取り入れた映画館が何軒も建ち並んでいた。 |
ところが映画の斜陽化が進むにつれて、ひとつふたつ…と映画館は閉館し続け、とうとう商店街からは、30年近く映画館は完全に姿を消してしまった。このままでは、世界中の優れた映画を上映出来る場所が無くなり、映画芸術の過疎化が進んでしまう…と危惧を抱いたオーナーの堀忠氏が、「再び商店街に映画館を!」という思いで小さな映画館『元町映画館』をオープンさせたのは平成22年8月21日のこと。本職は小児科のお医者さんである堀氏だが、映画好きが高じて開業の資金を映画館設立に充ててしまったのだから驚く。平成12年に元町商店街四丁目にあった2階建ての閉店したパチンコ屋を買い取った堀氏は、いきなり映画館をオープンさせるのではなく、しばらくはテナントの賃貸収入で借金を返済しつつ時が熟すのを待った。それから8年後、かねてより経営難だったテナントが契約満期の前に店をたたむ事となり、予定よりも早く堀氏は映画館をオープンする決意を固める。
とは言え、興行に関してはズブの素人だった堀氏は、神戸で自主上映を続けている市民団体の神戸映画サークルに運営の話を持ちかけた。「サークルとしては資金が無いため断ったのですが、僕は何か面白そうだなぁ…と思って色々な人に声を掛けてみたんです」と語るのは当時、ボランティアとして神戸映画サークル活動に参加していた『元町映画館』のスタッフ藤島順二氏だ。 |
「最初にお話があった時はテナントが持ち直したために立ち消えになりましたが、それから二年後…ずっと音沙汰が無かった堀さんから"元気?"って電話がかかってきて(笑)」ちょうど、その時期はリーマンショックの影響で出資者も以前に比べて少なくなっていたが、何とか趣旨に賛同してくれる人を探し出して『元町映画館』は着工されることとなる。それでもギリギリの予算の中での改修工事、時には自分たちの手でペンキ塗りやカーペット貼りを行って予算を浮かせた。また、設計を請負った"人・まち・住まい研究所"も安い設計料ながらも初めて手掛ける映画館の設計という内容に二つ返事で引き受けてくれた。また、ツイッターで仲間に呼びかけたところ知らない人まで手伝いに来てくれた事が大きな助けとなったと藤島氏は当時を振り返る。 壁面を覆う遮音効果を出すためのカーテンは奈良にあった閉館された映画館からもらったものを自分たちで縫ったり、他にも映写機、スピーカー、座席などは全て閉館となった映画館から譲り受けたものばかり。天井は低いながらも可能な限り段差をつけて、手作りながらも観やすい設計が施されている。また、細長いロビーは二階までの吹き抜けとなっており、清潔感のある白を基調とした開放感のある居心地の良い空間となっている。以前はホールだった二階は試写室とギャラリーやワークショップも行える多目的スペースに改装された。今年の4月からは、神戸市の出前託児サービス「ぴよぴよ隊」と提携した託児スペースを設置。「子育て中の方にもゆっくり映画を楽しんでほしい」との思いから、1才前後からの未就学児童を預かり、ゆっくり映画観賞をサービスを開始した。 |
「映画という文化継承という意味では、若い人にも映画を観てもらいたい」という藤島氏は、トークイベントを積極的に取り入れている。「映画監督だけに限らず、映画の学習会として、上映作品の内容やその国の文化に詳しい専門家を招いて奥深い話をしてもらっています」以前、映画の舞台となる国の留学生によるトークイベントでは観客にその国のワインを振舞ったり…と、時には映画よりも内容が面白いという嬉しい誤算もしばしば。「お金がないので大物ゲストはなかなか呼べませんけど(笑)でもウチは横のつながりで、知り合いの教授とかに声かけてもらえるので助かっています」こうしたイベントのおかげでより深く映画を理解できる…これは正に映画館ならではのアイデアだ。 「ここ数年で神戸にあったミニシアターが次々閉館して、陽の目を見ないまま終わってしまった素晴らしい映画はたくさんあります。そういう作品を出来るだけ多く紹介していきたいですね」藤島氏は少人数で劇場を運営しながら、収益性に乏しく商業上映が困難とされるドキュメンタリー映画や新興諸国、新進作家の作品の公開に努めている。また、通常の上映作品とは別にモトマチセレクションという、劇場スタッフによる新旧選りすぐりの名作上映も不定期に行っている。以前は、"支配人の人生を変えた作品"というタイトルでビクトル・エリセ監督の"エル・スール"と"ミツバチのささやき"をフィルム上映した事もあるとか。「映画館で観た映画は全部覚えているものですよね。どこで、誰と観て帰りに何を食べたか?という思い出が映画館にはあります。家で見ているとそういう思いが無いですよね。だからDVDが出ている作品でも良い映画は映画館に足を運んで観てもらいたいのです」(取材:2013年8月) 【座席】 66席 【音響】 SRD |
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