大正8年7月に創刊された日本最古の映画雑誌社である“キネマ旬報社”が映画館を作った。“キネ旬”の愛称で親しまれている老舗映画雑誌社がプロデュースする映画館に、何かすごいプログラムをやってくれるのでは…とマニアックな期待が膨らむ嬉しいニュースだった。その場所に選ばれたのは、都心から30分ほど常磐線と東武野田線が乗り入れる柏駅のほぼ真下に位置する、以前は“柏ステーションシアター”という映画館だったところだ。平成25年2月2日にキネ旬ベスト・テン受賞20作品興行(何と魅力的な興行だろう!)をこけら落としでオープンした当初は“TKPシアター柏”という館名だったが、TKPとのネーミングライツ契約が終了になった事から平成26年6月より『キネマ旬報シアター』という館名で再スタートを切る。

通りに面した壁面は全てガラス張りとなっており、夕方になると館内から漏れてくる灯りが幻想的な雰囲気を醸し出している。受付でお目当てのチケットを購入してから階段を上がって2階にあるキネマ旬報のバックナンバーが揃っている“KINEJUN 図書館”で開場までの待ち時間を過ごす。ここは映画関連書籍が充実しており、キネマ旬報社が発刊しているマークの付いた書籍は“キネ旬友の会”会員であれば貸し出しもOKというのが嬉しい。もう少しゆっくりと過ごしたい方は半地下にある“KINE Cafe”がオススメだ。ロビーは全て開放されているので映画を観ない方でも自由に利用出来る。「都内の映画ファンを呼ぼうとすると映画1本だけでは、なかなか来てもらえない。だったら映画の梯子をして時間を有意義に過ごしてもらおうというのがコンセプトです」と語ってくれたのは、社長の清水勝之氏(何と!社長自ら支配人として劇場勤務されているのだ)。ココに来れば映画漬けの一日を過ごせる…何とも羨ましい映画館ではないか。「勿論、最初は皆から大反対されました」キネマ旬報社の長い歴史の中で映画館を持つというのは初めての試み…内外の関係者から応援と反発が同時に湧き上がったのは当然かも知れない。






「よく“キネ旬だからコアな作品をやるんでしょう?”と聞かれます。勿論、映画に親しんで来た会社なので映画というコンテンツを提供するのが中心ですが、ライブを観たいというお客様が多ければライブもやりますよ。大事なのは地域のコミュニティとしてココで映画館を継続させる事なのです」そこで『キネマ旬報シアター』が目指しているのは旧作をもっと安く提供する映画館だ。“シアター1”が新作・準新作を上映するミニシアターの役割であるの対し、“シアター2”と”シアター3”キネ旬セレクションスクリーンとして選りすぐりの旧作を上映している。「映画を日常的に観てライフスタイルに組み込んでもらいたい」そのために用意されているのが“シアター2・3“の上映作品が見放題となるフリーパスだ。年間120本近く上映される旧作が6ヶ月間9800円で何度でも観賞が可能というのだから何とも魅力的なサービスではないか。「ご年輩の方に週に何回も来てもらうと考えたならば、シニア料金でも、まだ高いと思うんです。ビデオレンタルも旧作は100円以下で借りられる時代…映画館だってそれが出来るはずなんです」清水氏が提唱するセカンダリーマーケット(二次利用市場)という発想は決して目新しいものではなく、昭和30年代に数多く存在した二番館、三番館の興行形態を現代風にアレンジして、人々の嗜好に合わせた映画館を作ろうとしているように感じた。オープンから1年半…少しずつだが、どのような作品が好まれているのか見えてきたと語る清水氏。お客様も映画ファンというよりも地元の年輩者が多く、現在400名いるフリーパスの利用者は男性と女性の比率が半々。女性が多いというミニシアターブーム以降の来場者状況を鑑みると喜ばしい数字だ。

次々と全国の映画館が閉館していく中、敢えて映画館をオープンした理由について清水氏は次のように語ってくれた。「キネ旬定期購読者の殆どが関東圏内である事に現在の興行状態が反映されていると危機感を覚えました。地方はシネコン中心の映画環境になっているのでキネ旬が扱うようなアート系の作品は観られないのが実情(勿論、主要都市圏は別だが)。今まで街なかで映画を支えてきた小さな映画館が無くなっている事が問題なのです」その原因を地域の特性に合わせたプログラムを映画館主導で組みにくくなったからだと分析する。こうした状況において多様性のある映画館があってもイイじゃないか…と清水氏自らが先陣を切って郊外のターミナル駅前にミニシアターをオープンさせたのだ。「柏だけで興行状況を変えられるとは思っていません。でも新作に捉われず近隣の方たちが観たい作品をお届けする映画館の成功事例になりたいですね。まだ、それが実現できていませんが…」本当に重要なのは、そこに住んでいる人が求めている作品を把握して提供する事だと清水氏は語る。「ロビーに立つとお客様の反応がストレートに実感出来ます。地域のお客さんの顔をよく知っていないと、どんな映画が求められているのかが分からない。せっかく良い映画を掛けていても伝え方を間違えると来てもらえないのです」ただ映画を上映するだけでは、いずれ映画館は立ち行かなくなってしまうと清水氏は示唆する。「自分たちの映画館で掛ける映画に関して、宣伝を配給会社任せにするのではなく、地域の人と接する我々が独自の宣伝活動をしなくてはならないところまで来ている」都内であれば映画館主導が通用しても地方ではそれが難しい…だからこそ都心から少し離れた柏を選んだという。










「自分が観て面白いと思った作品が入る…これほど楽しい事はないですね。顔馴染みの常連さんから、“いつも素敵な映画をありがとう…”なんて言っていただいた時は本当に嬉しかった。だからロビーにいる方が楽しいんです」と顔を綻ばせる。それだけに自分が選んだ作品にどれだけ入っているかがいつも気になるとか。「これって映画館を運営するまでは無かった感情ですね。つい、自分が推している作品の説明に熱が入ったりして(笑)。お客様との会話も最近の映画でイイのありましたか?ばかり…これが楽しくて仕方ない」逆にイチオシの映画が入らなかった時のショックも大きいが、それが思わぬ副産物をもたらしている。「我々が良いと思っている映画が入っていないと、誌面上での伝え方が間違っていたのでは?という反省点にもなっています」地域の人の日常の中に存在する映画館となるのが夢…と語る清水氏。そして、その先にあるのは映画そのものを守るという事だ。「映画は決して時間の経過と共に価値が減じるものではない、ただ観る環境にないだけなんです。旧作をもっと手軽に観れるよう安い入場料で提供する事で映画人口は増えるはずです」そのためにも必要なのはフィルム作品のデジタルアーカイブ化だと清水氏は強く訴える。現在、キネマ旬報社でも“バグダッドカフェ”や“台風クラブ”などの名作をデジタル化して映画館に提供する活動を行っているという。近い将来『キネマ旬報シアター』が中心となって、全国の既存館が再び活況を見せる日が来るのもまんざら絵空事では無さそうだ(取材:2014年7月)

【座席】 『スクリーン1』160席/『スクリーン2』148席/『スクリーン3』136席/ 【音響】 ドルビーサラウンド7.1

【住所】千葉県柏市末広町1-1柏高島屋ステーションモールS館隣り 【電話】04-7141-7238

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