ミニシアターブームも全盛期を迎えていた1994年10月…都会のオアシスをコンセプトに開発された恵比寿ガーデンプレイスに『恵比寿ガーデンシネマ』が、ロバート・アルトマン監督の“ショートカッツ”でオープンした。後発ながらも、ウディ・アレンやティム・ロビンスといったハリウッド・インディーズの作品を次々と日本に紹介して、瞬く間に多くのシネアストたちから愛される伝説のミニシアターとなった。中でも大ヒットを記録したポール・オースターの原作をウェイン・ワンが映画化した“スモーク”は劇場の代名詞となる。「あの“スモーク”の映画館ね…」と呼ばれるようになり、映画と映画館が緊密な関係にあることを証明してみせた。ところが、ブームも落ち着いた2011年1月28日に閉館する…と突然の発表。その言葉に驚いた多くのファンが、直前に開催されたベストセレクションと銘打った傑作選の上映会に詰めかけて、別れを惜しんだ

それから4年…ミニシアターの聖地・渋谷も大規模な再開発に着手を始めたところに嬉しいニュースが飛び込んで来た。2015年3月28日、館名も新たに『YEBISU GARDEN CINEMA』として、数多くの個性的なデザインのシネコンを展開するユナイテッド・シネマと、恵比寿ガーデンプレイスを運営するサッポロ不動産開発の共同運営によって復活したのだ。開業20周年を迎える恵比寿ガーデンプレイス全体の活性化を検討する動きも後押しとなり、映画館再開に結びついた。休館して間もなく、K‐POP専用劇場“K THEATER TOKYO”がオープンした時は、もう復活は無いのか…と諦めていただけにファンの喜びは一入だった。復活にあたり、『恵比寿ガーデンシネマ』時代の良いところを継承しつつ、新しい層へのアプローチ…つまり、街を訪れる感度の高い大人の女性を意識したデザインに一新された


エントランスのすぐ横にある小上がりの階段は今も健在。階段の壁面にある大きな時計のモチーフは、劇場のランドマークとして時を刻んでいる。シャトー広場が一望できるガラスの壁面が特長的な『CINEMA1』前の空間には、ゆっくり飲食や会話を楽しめるよう、コンセントを備えたカウンター席やスタンディングテーブルが設置されている。「このようにカフェスタイルにしたのは、ロビーを映画が始まるまでの待ち合いスペースとしてではなく、アロマがほのかに香るお洒落な空間で、ゆったりと過ごしてもらいたいから」映画を観ない人でも自由に利用できるので、買い物途中や、会社のお昼休みなど、ちょっと休憩したい時に自分だけの隠れ家にしてみてはいかが?開場前は映画観賞のお客様が多いので上映が始まってからが狙い目だ。壁一面に飾られた古き良き映画黄金期のスチール写真に囲まれていると、時が経つのも忘れてしまいそうだ。また、広いパウダールームが設置されているのも女性ならではのアイデア。映画スターのモノトーン写真がコラージュされた洗面台は実にファッショナブルだ。

施行の段階からサッポロ不動産開発の女性スタッフが中心になって女性視点のアイデアを取り入れた。デザインは、渋谷ヒカリエのスカイロビーなど商業施設の設計を数多く手掛けているインテンショナリーズというデザイナーズ集団。『恵比寿ガーデンシネマ』がナチュラルな木目調で柔らかなイメージを醸し出していたのに対し、『YEBISU GARDEN CINEMA』は同じ木目でもニューオリンズ調とでも言った方が正しいか…重厚でクラシカルな渋めのトーンとなっている。映画館のコンセプトは、「&CINEMA〜五感で、街と一緒に、新しい映画館の楽しみ方を見つけよう〜」所謂、映画とプラスαの付加価値を楽しもう…というもの。勿論、五感とは「視・聴・嗅・味・触」という人間の持つ感覚を指す。ただ映画を観に来るだけの場所ではなく、贅沢な空間を丸ごと楽しんでもらえる空間演出を実現している。「よく、リニューアルと言われるんですけど…運営形態もコンセプトも変わった全くの別もの。むしろ、新しく生まれ変わったと思っていただきたいです」と語ってくれたのは支配人の田川尚史氏。


チケットを購入してロビーを真っすぐ進むと、関連グッズを販売しているショップとカフェ『& CAFE』のカウンターがある。コチラで提供されるのは、映画館定番のポップコーンだけではなく、ロンドンの洋菓子専門店(ノッティングヒル)のミニカップケーキと、ケータリング専門店(TRANSIT CREW)がプロデュースした限定メニューに加え、あの三ツ星レストラン(ラ ブティック ドゥ ジョエル・ロブション)とコラボレーションしたホットドッグなど他所では決して味わえないメニューが充実している。また、ドリンクメニューもラバッツァ豆を使用したコーヒーから、北欧で人気のスムージー、そしてワインやカクテルなどアルコール(勿論!ヱビスビールも)まで幅広く揃え、これらが全て場内で映画を観ながら(勿論、暗い中でも食べ易いフィンガーフード)楽しめるのが嬉しい。

緩やかな段差が付いた2つの館内は、ゆったりと映画を楽しめるよう座席の幅を60センチにしている。『CINEMA1』には更に座席の幅を広げて隣の席から完全に独立されたプライベートシートという特別席を用意しており、通常料金に200円プラスするだけの意外とリーズナブルだ。『恵比寿ガーデンシネマ』時代は、社会派や問題作など男性客の比率が多かったのも特長のひとつだったが、現在は女性を意識したラインナップになっている。オープニング作品が、“間奏曲はパリで”と“カフェ・ド・フロール”からも分かる通り、女性向けの映画が多くなっている。作品が偏らないように、以前のガーデンシネマの良いところを引き継ぎながらも、積極的に新しいところを取り入れており、幅広い国の作品をチョイスしている。とは言いつつも、やはり昔から継続して来られているお客様も多く、オープニング記念として過去に好評だった作品の中から厳選された6作品を特別上映した“ガーデンシネマが愛した、監督たち。作品たち”には復活を喜ぶファンが数多く訪れた。先日も、21年ぶりに“スモーク”がデジタルリマスター版で全国公開されたが、本作を観るならココ!と、こだわりの映画ファンは懐かしんでいた。



「再オープン時は、また出来て良かった…と、多くのお客様に言っていただきました。作品も以前に比べて変わりましたが、お褒めの言葉もいただけるのは、番組担当者が昔の良いところをしっかりと引き継いでいるからだと思います」現在の番組編成は、大阪にあったミニシアター“梅田ガーデンシネマ”で支配人を務めていた松本富士子さんが担当されている。そして『YEBISU GARDEN CINEMA』が映画以外に力を入れているのが、演劇やバレエ、オペラ、クラシックコンサートなどのODS(非映画デジタルコンテンツ)だ。「地域に密着したカタチでウチの劇場が発信源になればイイなと思ってます。今後はもっと映画と平行して積極的に入れていきたいです」と語る田川氏。こうした取り組みのおかげか、最近は映画館の客層とは異なるお客様も来られるようになったという。「普段、映画を観ない方でも、バレエをキッカケにウチの劇場を知っていただいて、そこから映画を観てみようかな…という気持ちになってもらえたら嬉しいですね」

間もなく3年目を迎える『YEBISU GARDEN CINEMA』。これからどのような映画館を目指すのか…田川氏は次のように語ってくれた。「これからはもっと、常連のお客様を増やしたいですね。ODSで初めていらっしゃった方に映画館で映画を観る事を趣味に加えてもらえるような。そのためには、魅力的なラインナップだったりサービスを充実させていきたいと考えています」普段より少しだけ早起きして、映画を一本観てから、ゆっくりとランチやショッピングを楽しんだりして…そして気になる映画があったら夕方からもう一本。そんなゆとりのある豊かな時間を過ごせるのも恵比寿ガーデンプレイスにある映画館ならでは。今後は、広場で行われるイベントと連動した企画も考えているとか。「オープンして最初の4ヵ月は本当にお客様が少なかった事を考えると、お客様の数も着実に伸びていると実感しています。ポイントカードの利用も多くなっているので、リピーターのお客様が増えているのが分かるんです」新しく生まれ変わった伝説のミニシアターが、この街と共に今後、どのような歴史を刻むのかが楽しみだ。(取材:2016年11月)


【座席】 『CINEMA1』187席/『CINEMA1』93席 【音響】 5.1PCM、DOLBY SURROUND7.1

【住所】東京都渋谷区恵比寿4-20-2恵比寿ガーデンプレイス内 【電話】0570-783-715

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