「振り返ってみて…よくまぁお金が無かったのに始めたものだなぁと思います(笑)」と語ってくれたのは、鹿児島県内で唯一のミニシアター『ガーデンズシネマ』の代表を務める黒岩美智子さん。『ガーデンズシネマ』は、鹿児島市最大の繁華街である天文館に、2010年4月28日にオープンしたファッションビル・マルヤガーデンズの7階にある客席39席の小さな映画館だ。「1990年代に出来たミニシアター“プラザ80”と“プラザ120”も何年かすると閉館してしまい、市内にはずっとミニシアターが無い状態が続いていたんです。私が東京で映画の仕事をしている間だったので、それがすごいショックでした」ところが事態はそれだけではすまなかった。2006年には“鹿児島東宝”と“シネシティ文化”が閉館して、とうとう天文館から映画館そのものが無くなってしまうという厳しい現実に直面したのだ。 そこで黒岩さんが旗を振って有志と共に自主上映団体・鹿児島コミュニティシネマを立ち上げ、良質な作品を送り続けていた。「いつかは映画館を作れるとイイネと話しながら活動していたんです」それからしばらく経ったある日のこと。2009年に閉店したままの三越デパートをリノベーションして再オープンする計画が黒岩さんの耳に届く。「デパートの隣がウチの会員の方が持っているビルで、駐車場として使いたいので購入したいというお話しがあったそうなのです」当初、そのビルをミニシアターに出来ないか…という話も持ち上がったものの、資金面で断念した矢先だった。「その方は、地域の発展のためなら…と、ビルを売却されたのですが、その時に私たちの事を先方に話してくださっていたんです」それから間もなくして、マルヤガーデンズの社長と会う事となり、会の趣旨と映画に対する思いを熱く語った黒岩さんたちは、だったら多目的ホールをミニシアターにしてはどうか?という思いもしなかった言葉をもらったのだ。「私たちとしては多目的ホールで上映会をさせてもらえれば…という程度に思っていたので驚きました」 |
そこからの準備期間は、わずか4ヵ月足らず…念願のミニシアター立ち上げに向けて急ピッチで作業が進められた。設備的な面や許可申請などは全てマルヤガーデンが進めてくれた。ギリギリの資金だったので、35mm映写機の導入は断念して、ブルーレイのDLP上映でスタートする事となった。こけら落としは、前年に鹿児島コミュニティシネマのみんなで作った自主映画“さつまおごじょ〜サザン・ガールズ・グラフィティ”と、ガーデンズに掛けた“夏の庭”…そして韓国のドキュメンタリー“牛の鈴音”の3本。「手に鈴を乗せたビジュアルがすごく良かったのと、牛のように一歩一歩少しずつ歩んで行こうという思いから“牛の鈴音”に決めていました」残念ながら記念すべき初回のお客様は一人だったが、受付に立ちながら、ともかく始まったんだなぁ…という感慨深い思いで初日が過ぎたと、黒岩さんは当時を振り返る。「この場所は、みんなの映画館という気持ちで利用してもらいたいです。人と人を繋ぐ場として感動を共有していけたらイイなと思います」こうして久しぶりに天文館に映画の灯がともった。 初年度の夏…ひとつの特集と1本の映画が『ガーデンズシネマ』の方向性を決定づける。7月に開催された“チェコ映画祭”とお盆興行の若松孝二監督作品“キャタピラー”だ。“チェコ映画祭”では35mm映写機を借りてフィルム上映を敢行。予算がオーバーするところを霧島にある焼酎と地ビールのテーマパークに協賛してもらうことで成功に結びつけた。「7階にチェコ村を作って、チェコの雑貨や絵本を展示販売したり、チェコ料理と地ビールを楽しめるイベントにしたんです。チェコの映画を観ながらチェコビールを飲むという上映会も楽しんでいただけて、多くの方が来られたんですよ」ただ単に映画を上映するだけではなく、そこにプラスαのアイデアを加える事で、宣伝にお金を掛けずとも今までの映画ファンだけではなく幅広いお客様が訪れるのが実証された。また“キャタピラー”に関しては現在に至るまで歴代の動員記録は破られておらず、約1ヵ月の間で1800人以上のお客様が来場された。「朝から晩まで1日に4回上映して、毎回ほぼ満席で補助椅子を出しても間に合わない状況が続きました。それまでお客様がゼロの日もありましたから、“キャタピラー”を上映出来たのは大きかったですね」ちなみに、こちらのお客様は年輩の女性がメインとなっており、動員数の歴代2位が“クロワッサンで朝食を”で、3位が“ベニシアさんの四季の庭”という作品にも表れている。 |
人と人を繋ぐ…そのコンセプト通り、こちらの名物はイベントの多さである。「まだまだ知られていない映画はたくさんあるので、トークイベントやパネルディスカッションで映画をより深く知ってもらって、お料理教室や演奏会で多くの人に興味を持ってもらえたら…と思っています」中でも根強い人気があるのが、有識者による映画の背景を深く掘り下げたシネマ講座。台湾のドキュメンタリー“湾生回家”のトークイベントには予想以上のお客様が来場された。また、5〜6人の少人数でランチやお茶を楽しみながら映画の話しをするアナログランチ会も今や定番の人気イベント。「これくらいの人数で小ぢんまりとしている方がみんなで話しをするのにちょうどイイんです。このフロアのカフェを使わせてもらったり、作品によって外のお店に行ったりもしますよ。イタリア映画の時は近くにあるイタリアンレストランにお願いしたりとか…ウチの通信やチラシを置いていただいているお店に協力してもらっているんです。だから新しいお店が新しいお店が出来るとお声がけするんですよ。この周りにはたくさんの美味しいお店があるので、たまには映画館から飛び出すのも楽しいですね」以前、“コーヒーをめぐる冒険”という映画の時は周辺のコーヒーショップに協力いただいてスタンプラリーを実施。そうやって街ごと楽しめる企画も『ガーデンズシネマ』の魅力だ。またマルヤガーデンの地下にあるキッチンスタジオを借りて、映画の製作国にちなんだ料理教室を開催しており、このイベントをキッカケに、参加された方が映画も観に来てくれる事もあるという。 ロビーは狭いながらも手作り感満載の棚やテーブルに、映画グッズや可愛い小物や雑貨など所狭しと置かれ、一見雑然と見えるのだが、そのレイアウトにセンスの良さを感じる。また市内で評判の素材にこだわったお店のスイーツも取り揃え、映画のお供に是非とも試していただきたい。更にブラブラと物色しながら目を凝らして見ると、近隣の店舗やお客様から預かった催し物などの情報が、さり気なく告知されている。エントランスのところにある、今週のオススメ映画をピックアップされているコーナーの可愛いテーブルはスタッフの手作り(すごい!)。こんなのあったらイイよね〜と、誰に言われること無く、率先して作ってくれるそうだ。他にも今や劇場の名物ともなった劇場の公式サイトに連載されているシネマスケッチ。イラストを手掛けているのは黒岩さんの元同僚の「にゃーこ」さんだ。仕事の傍ら、その月に上映された映画のワンシーンを描き続け、更新を楽しみにしているファンも多いという。 |
オープンした頃は、まだ多目的ホール仕様だったフラットな場内にあったのは映画館用の椅子ではなくカフェ的なものだった。さすがに長時間の映画を観てもらうには、向かないと思った黒岩さんは昔の仲間を辿って安価で手に入る椅子を探し求めていた。「そうしたら岐阜にあるシネコンが閉館するから解体と運送をやれば無料でくれるって言ってくれたんです」座席数は変わらず、床に段差も付けて2011年3月10日にリニューアルオープンした。この日は東日本大震災の前日…少しでも遅れていたら間に合わないギリギリのタイミングだった。「皆さんの善意でリニューアル出来て本当に嬉しかったです。中古とは言えアメリカ製の良い椅子なので座り心地は良いと思いますよ」ようやく設備も少しずつ整って映画館らしい顔になってきたところに再び大きな山が立ちはだかる。デジタル化の波だ。 「オープンから2年足らずでDCPを入れないと新作が掛けられないという状況になって…そこでみなさんに募金をお願いしたんです。それがダメだったら諦めるしかないって覚悟してましたが、色々な方にご協力をいただけて2013年に導入(最初の映画はキム・ギドク監督の“嘆きのピエタ”だった)出来たのです」現在、1日の上映回数は5〜6回。作品としては4〜5本…多い時は6本ということもあり、じっくりと1本の作品に向き合えないのが悔しいと述べる。「1日3本くらいが、手間をかけられて理想的なのですが…」もっと若い人に名作を観てもらえるように活動をしなければならないと黒岩さんは言う。「充分な告知をしてあげられない時は、本当はイイ映画なのに、ごめんなさいね…って作品に謝る事もありますよ」それだけに、お客様に喜ばれるのが何よりも幸せと言う。「先日も“ソング・オブ・ザ・シー 海のうた”を上映したら、2年間待っていました!って言ってくれた人がいたんです。日本で上映されるか分からず気にしていたら、まさか鹿児島で観れるとは思ってなかったって(笑)この時ばかりは本当に、やって良かった!って思いましたね」 映画館は心の浄化装置…と黒岩さんは例える。「映画館は人と人を繋ぐ空間でもあるし、時には心を癒してくれる。だって、真っ暗な中で見知らぬ人が、自分と同じように泣いたり笑ったり…感情が動いているのが分かっただけで、ちょっと晴れやかな気分になりませんか?自分もそうやって感動が倍増して人生をプラスにしてもらった事があるので、お客様にも、そんな感覚を味わってもらいたいんです」落ち込んだ気持ちで入場した人が、いい顔になって出て行かれる…正に、心の浄化装置であり続けたいと、最後に述べてくれた言葉が印象に残った。(取材:2017年1月) |
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