再開発が進み、変貌を続ける梅田駅から、歩いて10分ほどの場所にある中崎町。古い家屋が建ち並び、昔ながらの佇まいが残っている町だ。ここは、昭和20年の大阪大空襲で唯一戦火を免れており、ちょうど町を囲むようにあったお地蔵様の内側には焼夷弾が落ちなかったのだ…と、古くから中崎町に住むお年寄りは口々に語り続けている。だから町には今でも隣組も回覧板もあって、夏祭りや地蔵盆といった祭事は勿論、お葬式があると周り近所みんなで助け合う文化が残っている。昭和30年代、町の映画館で映画を観た後は、商店街で買い物や食事をする人々で賑わっていたこの界隈。やがて高度経済成長期の終焉と共に少しずつ寂れていった。そんな町にこの数年、ある変化が起きている。古い七軒長屋や町工場を再生した小さなカフェや雑貨屋など隠れ家的なお店を経営する若者たちが増えてきたのだ。 そんな町に2008年6月27日、自主映画専門館『天劇キネマトロン』がオープンした。地下鉄・中崎町駅を出てすぐのところ…昔、印刷工場だったという築90年の蔦に覆われた木造の建物が見えてくる。殆ど手つかずだった工場を改装して、映画館を中心にライブハウスやバー、癒し系カフェなどが入る中崎町のランドマーク的な存在となった。小さな入口から薄暗い裸電球に照らされた通路を進むと、年季の入った板壁から、染込んだインクやオイルの薫りが仄かに漂ってくる。壁の電飾看板に飾られた映画のポスターやチラシが無ければ、ここが映画館とは信じられないだろう。客席は30人ほどが入れるほどのスペースで、座り心地が抜群という自慢の椅子とテーブルが置かれている。頻繁に監督のトークイベントやワークショップなども行われており、観客との距離感が膝付き合わせて語るにはちょうど良い広さだ。観賞後は併設するバー・朱夏で美味しい料理と酒を傾けながら、映画の話しに興じる至福の時間を満喫出来る。 |
仕掛人はオーナーであるダンスパフォーマーのJUN氏。「ここのコンセプトをひと言で表すならば公園です。だって、公園はターゲットが無い空間でしょう?あらゆる世代の人々が一緒にいれて、そしてまた元気になって出掛けて行く…そんな空間を作りたかったんです」常々、新しい文化(ミックスカルチャー)の潮流を生み出したいと考えていたJUN氏が辿り着いた答えというのが、敢えてマーケットリサーチをせずターゲットを絞らないという事だった。「僕らにとって必要な事は目的を決めない事。今の時代に合った自然発生するものをカタチにして行く事が大事なんです」 アーティストとしてどんな風に生きていけば良いのか…と悩んでいた時期、世界中を旅していたJUN氏は、旅先で先住民たちと共に活動する機会に恵まれた。「彼らの芸術活動というのは、儲けや流行に左右されない熟成されたものでした。毎年同じ事を繰り返すお祭りや、儀式として伝わる芸能は、生きるためのアートだったんです。そんな人たちに触れて最終的に僕が到達したのは天然芸術という言葉でした」帰国したJUN氏は、まずは地に足の着いた活動が出来る拠点を探す事から始めて、中崎町に巡り会った。「小さな舞台があるカフェからスタートしたんです」それが、天然芸術のコンセプトで作られた100%手作りの古民家再生カフェ・天人(あまんと)だった。週替わりで様々なパフォーマンスを披露していく内に、映像を作る人たちには発表の場所が無いとJUN氏は気づく。「そこで、始めたのがシネ天人という自主映画の上映会でした」そんなシネ天人の元に、クオリティの高い作品が次々と持ち込まれ、こんなにすごい作品なのに、今まで上映する場が無かった事に驚いたそうだ。そんな上映会も6年が経とうとした時に、常設で上映出来る場所を作ったらどうか?という声が上がってきた。それが『天劇キネマトロン』設立へとつながっていく。 |
『天劇キネマトロン』の入場料は基本的に一部の企画上映を除いて無料。映画と観客の間にある敷居を下げて、多くの人にまずは作品を観てもらいたいという思いから、こうした料金設定にしたという。「僕らがここを作った時、自主映画を発表すると同時に観客も育てないといけないと考えたんです。自主映画って観客側にも観るスキルが必要なんです」上映会を繰り返してると、いつの間にか観客も同じ作り手になってしまうのはよくある事。結果的にクローズした世界になってしまう事をJUN氏は危惧する。「例えば、被災地の現状を撮ったドキュメンタリーだったら、支援活動している人たちばかりが観に来る。その人たちは、既に問題点を理解していますからね。それじゃパブリックにする必要は無い。本当に必要なのは、デートで来たカップルが、タダだから…と、たまたま入った映画館で、あっ、世界にはこんな問題があるのか…と、新しい自分を開いて行くキッカケにしてもらいたいんです」 良い映画を大勢の人に観てもらいたいから、ここでは「逆指名方式」という上映形式を採用している。例えば、自分の観たい映画があって同じ思いの仲間が4人集まれば、その作品を上映してもらえるのだ。その時は、こちらの公式サイトにもスケジュールが掲載されるので、結果的には10人以上の観客が自然と集まってしまう。「今までのやり方だとせっかく良い映画でも評判になる頃には終わっていたりするじゃないですか。やっぱり映画って、観てもらってナンボなので、運営の主体を観客に丸投げしているようなものです」また、観客の投票によって上映期間が決められるのもユニークな点。つまり投票によってロングランも可能なのだ。「そうすると観客が好きな映画を応援する現象が起きてくるので面白いですよね」 |
そして、JUN氏はここを“異業種の複合体”と称する。「それぞれ自分のプロジェクトを持っている人たちが集まって来ますからね。先日もネパールの支援をしながら活動しているドキュメンタリーの監督が上映後に活動報告やチャリティーを行いました」海外支援を行っているJUN氏の思いに賛同した監督がボランティア上映を買って出たのだ。「そういった意味で、本来接点が無いはずの人たちの出逢いの場でもあるんです」また、マレーシアの監督は、この町を気に入り、ここを舞台に映画を撮る準備をしているという。こうした海外のクルーたちが寝泊まりする場所も天人グループで持っているゲストハウスを安価で提供しており、ここに宿泊する世界中のアーチストたちが意見交換出来る交流の場になっている。 来年で10年目を迎えるが、その節目を前に今後の課題を尋ねてみると「課題というより再開発が一番怖いです」と答えてくれた。僅か10分足らずの場所にある梅田駅前は今や再開発の渦中にある。「このままでいる事が持ち主の皆さんにメリットと感じてもらわなくてはならない」というのだ。かつて空き店舗だらけだったこの町も今では多くの若者が訪れるまでに成長してきた。古い街並だけではなく、実際にリアルな生活を体験出来るから国内外の人々が魅力を感じてくれるのだ。「皆で地域の活動を一緒にやっていく…僕らのやっている事は決して新しい事ではなく、元々日本にある文化で温故知新なんです」そのどれもが、ここに来て日本人の暮らしから学んだという。ボランティアと仕事を分けないで地域に溶け込んでいく…こうした挑戦を続けて行く限り、この町はこれから先も変わらない姿で残って行くだろう。(取材:2017年8月) |
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