パリの“サン・ラザール”駅から急行列車に乗り込みノルマンディー地方へ走る事約2時間。のどかな田園風景を過ぎて終着駅“ドーヴィル・トゥルーヴィル”駅に降りる。ほのかな潮の香りが漂う駅舎…そこは第二次世界大戦で連合軍が上陸しナチス・ドイツからヨーロッパを解放する足がかりとなった場所である。戦前は大富豪たちが集まる高級リゾート地として栄えていたが、戦後ニースやカンヌ、モナコといった新しいリゾート地によって客足は減少し閑散とした街となっていた。

美しい砂浜と昔懐かしい漁師町であった街に再び脚光を浴びせたのはクロード・ルルーシュ監督の名作「男と女」であった。主人公が出会う砂浜や情事を重ねるホテルは全て、この土地にある実在の場所であり現在も変わらない佇まいを見せてくれる。街の景観を市の観光にすべくドーヴィル市長は建物の建築に条例を発足、ビルや街の景観を損ねる様な建物を一切禁止した。そのため、まるでテーマパークの中にいるかの様な街並が形成されている。

そんな人口4500人足らずの小さな街の新たな名物として知られているのが毎年9月に開催されている「ドーヴィル・アメリカ映画祭」だ。まるでハリウッドがフランスにそのまま引っ越してきたかの様な大イベントは今やヨーロッパ中の注目を浴びる映画祭と成長した。


今年は映画祭30周年、またノルマンディー上陸作戦60周年を迎えスピルバーグ、ルーカス、コッポラの3大監督を始めトム・ハンクス、マット・デイモン、グレン・クローズ、ローレン・バコール、マルコム・マクダウェル…等々ここでは書ききれない程のスターが集結した。映画祭唯一のコンペティション部門の審査委員長には、この地と馴染みの深いクロード・ルルーシュ監督、審査委員の一人には「男と女」のヒロインを演じたアヌーク・エーメが務めるなど豪華な顔ぶれが一同に介した。また、2月には日本・韓国・中国の映画を特集した“ドーウ゛ィル・アジア映画祭”が4年前よりスタート。日本からも毎年監督や俳優が、この街を訪れている。そんな映画の街として有名になったこの地にあるたった1館の常設映画館が『MORNY CLUB』である。高級リゾート地にある映画館の割には決して派手な装飾は無く、観客も地元の若者からお年寄りまで実に幅広い年齢層に支えられている3つのスクリーンから成るロードショウ専門館でレンガを使ったモザイクの壁面が特徴的な劇場だ。


街の中心部から少し外れた閑静な住宅地にあるコチラの劇場ではハリウッドの新作と自国の作品をロードショウ上映している。普段は街の人が訪れる静かな映画館だが、映画祭会期中は多くの若者が詰めかけ雰囲気は一変する。ちょうどスピルバーグ監督のデビュー作「激突!」の上映が行われていたため、100席ほどの小さな場内は夜9時からの上映会にも関わらず、すごい熱気に包まれていた。

チケットボックスを中央にして左手にロビーがある。日本とフランスの違いだろうか分煙という文字は見当たらず、待ち時間の間、観客は自由にロビーでタバコを吸っている姿が印象的だ。気取った雰囲気はなく、むしろ日本の小さな街の映画館にも似た人の良さが溢れた作りになっている。劇場は1階に1スクリーン、2階に2スクリーンが設置されており場内はロビーと違い落ち着いたムードを醸し出す。贅沢な程ゆったりと大きな座席は実に快適でフランスが劇場シートに関してトップクラスであるというのがよく理解できる(日本国内のミニシアターはフランスのキネット社製が多いのだ)。

劇場を出て少し歩くと武豊騎手がレースを行った事でも有名な“ドーヴィル競馬場”があり、映画鑑賞の後は街を散策して遠回りしながら帰るのが楽しい。街全体が映画のセットみたいだからこそ、映画の余韻に浸るには申し分無いロケーションなのだ。映画祭中は近隣のカーン、シェルブールから訪れる多くの若者で賑やかな街もシーズンオフには落ち着きを取り戻す。映画を楽しむなら9月、街を楽しむなら10月…せっかく訪れるなら是非とも一週間は滞在してもらいたい街だ。(取材:2004年9月)





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