2021年9月、アフガニスタンが大変な事になっている。20年に亘り駐留してきたアメリカ軍の撤退により現政権は倒れ、タリバン政権が復活。それまで民主主義国家の大使館に協力していたアフガニスタン人は、新政権から敵性国民として罰せられる恐れすらある。ニュースで空港に多くのヒドルたちが国外脱出を求めて殺到し、市民が走り出す飛行機にしがみ付くショッキングな映像は脳裏に焼き付いてしまった。この混乱の映像を見て『キリング・フィールド』を思い出す。

ベトナム戦争の陰に隠れてしまい、日本には詳しい報道が届いていなかった1970年代前半のカンボジアの状況は混迷を極めていた。アメリカを後ろ盾にするロン・ノル現政権と、反米を掲げる革命勢力のクメール・ルージュとの内戦が激化していた時代である。そして1974年に現政権は崩壊してクメール・ルージュ率いるポルポト政権が樹立された。そうなった時、アメリカ大使館や同盟国大使館はどうなるのか?協力していた知識人と呼ばれるカンボジアの国民はどうなるのか?当時の報道では残された者たちの辿る運命までは伝えきる事など出来なかった。

物語は、混乱する首都プノンペンを舞台に、報道に向き合うサム・ウォータストン演じるニューヨークタイムズの特派員シドニー・シャンバーグと、ハイン・S・ニョール演じるカンボジア人の通訳兼ガイドを務めたディス・プランの実話だ。政権の交代によって現政権に協力していたプランは命の危機にさらされながらも、妻子だけを国外に脱出させて、世界にカンボジアの実情を報道するため国内に残ることを選択する。

政権の崩壊によって革命勢力や対立する部族が力を持った時に、いつの時代にも発生するのは既存政権下で擁護されていたと見なされる教師や医者などの知識人と呼ばれるような階層の虐殺だ。いよいよ大使館に避難していたジャーナリストも退去を余儀なくされた時に、プランと連れて退去するためパスポートを偽造するシーンは緊迫感溢れる見事な演出だった。パスポート用の写真のため印画紙を探し回るシャンバーグたち。定着液に浸すと古い印画紙であるため定着せず消えてしまう時間との戦い。ジャーナリストたちが、恩人である一人のカンボジア人を救うため駆けずり回る姿を日本の政治家はどう思うか?

結局、飛行機に乗る前にパスポート写真が消えていたためプランは一人残ることになる。出国の返答の練習をしている希望の最中に、絶望のどん底に突き落とされるハイン・S・ニョールの演技は素晴らしかった。プロデューサーのデビッド・パットナムは、政治映画には興味がないと前置きしているが、言われる通りカンボジアの内戦が起こった経緯は詳しく語られていない。この映画は、カンボジアに取り残されたプランが体験したサバイバルを描いた物語であり、後半は正にプランの視点から国内で行われる虐殺と、渦中を生き延びたプランの姿に焦点を当てている。映画で描かれている惨状は現実よりも抑えられており、もしありのままに描いたら、あまりに残酷過ぎて誰も映画館に足を運ばないだろうとプラン本人は報道人に語っていたという。

この映画に出てくる虐殺シーンよりも、むしろ怖いのはプランが強制労働させられていた収容所で年端もいかない女の子が無表情で収容者の掌を見て労働者の手ではない人間を選別して銃殺するシーンだ。今まで隣に住んでいて普通に挨拶していた人間が牙を剥く。これはナチシズムの中で、狂信的信奉者ではなかったはずの隣人が突然ユダヤ人を迫害する恐怖と同じだ。