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フランク・ハーバートが6年の歳月を費やして壮大な宇宙の大河ドラマ『デューン 砂の惑星』を完成させたのは1965年。12社の出版社に断られながらもフィラデルフィアの小さな出版社から発売されると、本はすぐに評判となり、翌年、SF作品に送られる世界で最も権威のある「ネピュラ賞」と「ヒューゴー賞」を獲得した。遅ればせながら1972年に日本で翻訳本が発売されると、既に海外の評価を聞いていたSFファンから熱狂的に受け入れられたという。
かつてSF小説は空想科学読本と呼ばれ、その大家としてジュール・ヴェルヌやH・G・ウェルズが開祖として世界中の子供たちを魅了していた。しかし『デューン 砂の惑星』は、複数の登場人物たちが繰り広げるそれぞれの利権に絡んだ闘争を哲学と宗教、政治の視点から描いており、それまでの空想科学読本とは明らかに一線を画す。4つの恒星を司る公爵家の対立の構造は、シェイクスピアが描く陰謀論の戯曲にも似ている。デビッド・リンチ監督が本作を映画化した時点では『エレファントマン』の印象が強かったが、ゴシック色の強い壮大なスペースオペラは正にリンチと真骨頂と言えよう。 物語は不老不死のスパイスが、唯一摂れる砂の惑星アラキスにおける採掘権を巡って、かねてより対立していた二つの公爵家が争う。主人公・公爵家子息であるポールを演じるのは、本作以降、人気テレビドラマ「ツインピークス」の怪演によって、リンチ作品の常連となるカイル・マクラクラン。本作でも若い頃のアラン・ドロンを彷彿とさせる地球人離れ(?)した冷たい無機質な表情の美男ポールを好演している。このポールの母ジェシカは魔女の能力を持ち「ボイス」という不思議な声を発する事で相手の心を誘導させる。本来は女性だけが持つ能力なのだが、男性のポールが「生命の水」を飲む儀式を行う事によって魔女には到達できない境地に達する事が出来るという設定が哲学的で興味深い。 味方の裏切りによって、宿敵ハルコネンが惑星アラキスに攻め入り、ポールとジェシカは、砂漠に追放されてしまう。ハルコネン男爵を演じるケネス・マクミランのインパクトは凄まじく、顔に出来た腫れ物を吸引させて、興奮すると無重力スーツで空中を高笑いしながらグルグル回る姿が、しばらく脳裏に残る。砂漠には全長150メートルから最大450メートルもの巨大ミミズのような砂虫が生息しており、スパイスを採掘する時に発生する振動に反応して、振動源を攻撃してくるという設定が面白い。砂漠を歩く足の踏み込む微かな振動にすら虫たちが反応するため、オトリとなる振動機を作動して砂虫の気を逸らせている内に人間は移動しなければならない。 見どころは、雨の降らない砂漠地帯で生存する生物の生態学にこだわり抜いた状況設定に、砂漠の占有民族であるフレーメンたちが加わって、ポールの復讐劇が展開されるところだ。「生命の水」を飲んで新境地に達して救世主となったポールが伝説の巨大な砂虫を呼び寄せて、ハルコネンが占拠するかつての宮殿に総攻撃を仕掛けるシーン。フレーメンたちが乗った砂虫が大きな口を広げてハルコネンの兵士たちを飲み込んでいく姿は圧巻である。ここで出てくる宇宙船や武器の形状はどれもが有機的であり、産業革命当時のヨーロッパの機械を彷彿とさせる。特に、モジュールと呼ばれる声の振動を拡張させた武器のデザインや、アトレイデス家の武器である全身を包むシールドなどアナログ感がたまらない。これらのプロダクトデザインは重厚で、全体的に暗い色調の映像はリンチ監督が最も得意とする世界観で、ハーバートが抱いているイメージに近い。事実、キネマ旬報1985年3月下旬号のインタビューで「美術を学んでいたデビッドの才能がほとばしっているよ。(中略)壁にかけときたいような画面がいくつもある」と絶賛していた。 それにしてもスパイスを摂取し過ぎて、モンスターのようなミュータントと化した航海士の造形やその下僕たち…特に脳からチューブを引き出して鼻から体内に取り込む造形の気持ち悪さはリンチワールド全開。原作にもある砂漠のフレーメンたちが装着するスーツもこれはこれで、なかなかの気持ち悪さは否めない。自身から排出される体液や汗をスーツに取り込んで、それを濾過してチューブで飲む事が出来る(これがあれば水無しで何日も生きられる)という、リンチ監督が得意とする異形の美学が、原作の持つ陰性の雰囲気にシンクロする。 先日『ブレードランナー 2042』や『メッセンジャー』を手掛けたドゥニ・ヴィルヌーヴ監督がリメイクした『DUNE デューン 砂の惑星』を観た。これまでのヴィルヌーヴ監督作品に魅了された僕は今回のリメイクに大いに期待していた。近所のシネコンに滑り込みで朝8時の回を眠い目を擦りながら観た結果は言うまでもなく大満足。賛否が分かれたが『デューン 砂の惑星』はリンチ監督の刻印を残した作品であった事は間違いない。リンチ特有の湿っぽくヌメリ気のあるダークな感覚は『イレイザーベッド』に出て来た奇妙な生命体に共通するものだった。そして本作は間違いなくヴィルヌーヴ監督の刻印がしっかり刻まれており、またしてもSF映画の歴史に名を残す名作となっていた。本作では、ポールとジェシカが砂漠でフレーメンと出会うまでが描かれており、リンチ監督が成し得なかった続編も今回は期待が持てるだろう。ハーバートの原作をどのように処理するか…映像作家の特性によって変るであろう作品の多様性が今から楽しみだ。 |
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