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1950年代ハリウッド映画で全盛期を迎えていたMGMミュージカルで、ダンサー兼振付師として活躍していたボブ・フォッシーは『スイート・チャリティー』や『キャバレー』等のミュージカルやスタンド・アップ・コメディアンを主人公にした『レニー・ブルース』といったショービジネスの世界を描いた映画を監督してきたが、『オール・ザット・ジャズ』は、最もフォッシーらしさが溢れて、ショービスに対するフラストレーションを吐き出した極めて私小説的な映画である。サクセスストーリーとはかけ離れた「ひとつの舞台を作る出す“産みの苦しみ”」に焦点を据えているから伝記ではなく私小説と表現させていただいた。映画を観終わって、フォッシーの言葉にある「人生は長いリハーサルだ。何度も同じことの繰り返し。永遠に本番なんか迎えられずに終わっていくのだ」を思い出さざるを得ない。
ブロードウェイの大劇場のステージに100人以上のダンサーが、隣の人間と肩が触れ合う位の密接状態で、ジョージ・ベンソンが歌う「オン・ブロードウェイ」をバックに、同じ振付のダンスを踊るシーンで始まる冒頭から、僕はすっかり画面に釘付けにされた。ブロードウェイ屈指の演出家ギデオンの新作ミュージカル「NY/LA」のオーディションに集まったダンサーたちが少しずつ振るいに掛けられ、ステージから数が減っていく。肩を叩かれステージを去る若者がいたり、合格して歓喜する若者がいたり…数分のオープニングで、煌びやかな夢の舞台を手に入れたダンサーたちの運命を表現してみせるフォッシーの見事な演出力にまずは感服させられた。この「NY/LA」は「シカゴ」の事で、現実にもフォッシーは稽古中に心臓発作で倒れている。この映画が公開された頃にブロードウェイで上演(2年後には日本でも上演)されていた「ダンシン!」でも同じように苦悩していたのだろうか。 主人公ギデオンを演じるのは、僕が大好きな俳優のロイ・シャイダー。『フレンチ・コネクション』でジーン・ハックマン演じる暴走する刑事の良きバディ役を好演していたのが忘れられない。1970年代を代表する名バイプレイヤーだ。彼が扮するギデオンは、ブロードウェイでトップを走る大物演出家でありながら、新作の内容に満足がいかず、常に不安を抱いている男だ。同時に彼はスタンドアップ・コメディアンを主人公にした映画の出来にも満足がいかず絶えず編集作業を繰り返す。これはダスティン・ホフマン主演の『レニー・ブルース』を彷彿とさせる。実際、この劇中劇に登場するコメディアンを演じたクリフ・ゴーマンは『レニー・ブルース』の舞台(映画版の3年前)で主役を張りトニー賞を獲得している。 劇中ギデオンは常にイライラしている。毎朝、彼は洗面所で目薬を差し、コップに溶かした酔い覚ましのアルカセルツァーと神経覚醒剤(スピードと呼ばれるドラッグだ)を飲んで鏡に向かって自分を奮い立たせる「ショータイム!フォークス(皆さん)」と語りかけるシーンが何度も出てくる。そして彼は夢の中で、ジェシカ・ラング扮する死の天使に思い通りの演出が出来ない事に憤り、その思いを吐露する。「バラを見る。完璧だ。神に言ってやる。どうやってこんなものを?なぜ俺には出来ない?」この映画の主人公が挑んでいるのは神の陵域であり、永遠に満足することはないのである。 印象に残るシーンがある。出演者が集まって台本の読み合せをするシーンだ。読み合せが始まると無音声となり、ギデオンの耳には俳優たちのセリフや笑い声が耳に入っていない。効果音だけが響く無音の映像の中に主人公の孤独感を表現した素晴らしい演出だ。それは女性に対しても同じで、安らぎを求めて何人もの女性と別れを繰り返しながらも決して満足することが無い。彼が唯一安らぎを得る真実を感じる時間が、愛娘ミシェルにバレエの指南をして過ごす時だけだ。演じるエルツェベット・フォルディはハンガリーとスペイン人の血を継ぐバレリーナでユーモアのセンスを持つ実にキュートな演技を見せる。 観客の関心をスクリーンに留めてしまった撮影監督のジュゼッペ・ロトゥンノによるカメラワークと、ダンサーの表情と躍動感あふれる彼らのダンスに合わせたカメラの切替えを緩急自在に組み合わせたアラン・ハイムの編集は身震いするほど素晴らしい。案の定、この年のアカデミー編集賞を獲得している。本作はどちらかというとステージや練習スタジオなどの室内シーンが多いものの、限られたスペースの中で登場人物たちの動き…とりわけ、照明を抑えスモークをたいたスタジオで繰り広げられる「エア・エロティカ」のセクシーなダンス・ナンバーのリハーサル映像で見せるカメラワークは実にお見事!ポルノグラフィーなダンスをするダンサーの動きに合わせ引いたり寄ったりするロトゥンノが操るカメラは実際の空間以上の無限の広がりと躍動感を感じさせる。 医者から心臓に重大な疾患があると告げられてもタバコ・アルコール・女は止まられず、手術室に運ばれる時でも別れた妻と現在の恋人に「死んだら今までのことを謝る。助かったらこれからのことを謝っておく」と言うのが愉快だ。ギデオンが死の直前に見る過去に関わった人たちが登場するショータイムの演出は、さすが『魂のジュリエッタ』や『オーケストラ・リハーサル』などフェデリコ・フェリーニ監督作品を多く手掛けてきたロトゥンノを起用しただけの事はある。エンドロールに流れるエセル・マーマンの「ショウほど素敵な商売はない」に感極まる。フォッシーの手腕とセンスに、観終わって思わず小さな武者震い。 話は変わるが、この年の年末に公開された『フェーム』は、本作の対極にある名作である。こちらは、ショービジネスの舞台に立つ事を夢見る若きダンサーたちの視点から描かれたアラン・パーカー監督の最高傑作。こちらも併せて観ることをお勧めする。 |