コロナ禍の自粛生活で日頃見ることの無かった古い映画を見まくった。今までずっと利用してこなかった「Amazon Prime Video」をこの時に初めてテレビに接続して見たのだが…今さらながら実に重宝した。そのタイトルの中にあったのが、ヘンリー・ハサウェイ監督の戦争映画『砂漠の鬼将軍』だった。第二次世界大戦のドイツで「砂漠の狐」と呼ばれ恐れられていた司令官ロンメル将軍が、ヒトラー暗殺計画に加担していたとされ反逆罪に問われ自死を選択するまでの経緯を描いている。元英インド軍准将のデズモンド・ヤングが戦後、ロンメルの死の真相を徹底的に調査した手記を原作としたセミ・ドキュメンタリーで、戦後僅か6年後に映画化されている事に驚く。 冒頭、イギリス軍の潜水艦からコマンド部隊がロンメルを暗殺するために司令部宿舎を闇に紛れて急襲するところから始まる。結局、部隊の作戦は失敗に終わり、息も絶え絶えの隊員が「あいつは死んだか?」と尋ねると、ドイツ兵が「甘いな英国兵は」と答えたところでオープニングタイトルとなる。オープニングタイトルが表示される前にドラマが展開される映画の手法をアヴァン・タイトルというが、「キネマ旬報2019年9月下旬号」で、僕が好きな「映画を見ればわかること」にて川本三郎氏が、一番最初にアヴァン・タイトルの技法を使ったのが正に『砂漠の鬼将軍』であると書かれていた。そこには「1968年7月上旬号」の松本清張と橋本忍の対談内で、橋本忍が『張込み』の参考にしたと語っていたとあったので「日本映画アーカイブ」の図書室で原本を興味深く読む。ちなみに「スクリーン」の名物コーナー「ぼくの採点表」で、双葉十三郎先生が物語のマクラとなるこの技法について「すこぶる強烈で巧妙な話術」と高く評価されていた。 そしてオープニングの楽曲だが、ベースの力強い打楽器は『史上最大の作戦』の冒頭でヨーロッパにおけるドイツ軍の様子のパックに使われていたものだ!と思わぬ発見をした。音楽は20世紀FOXの作品を数多く手掛けているダニエル・アンフィシアトロフで、戦争映画の激しい曲調よりも『忘れじの面影』のようなクラシカルな哀愁漂う曲のイメージが強い。オープニングが明けて、ドイツ軍の捕虜になっていた時の原作者ヤングが初めてロンメルと出会うシーンになる。イギリス軍から激しい攻撃を受けている中、捕虜であるヤングに白旗を持たせて攻撃を止めさせるように、ドイツ軍の士官は強要する。ここで初めてロンメルが登場する。ジュネーヴ協定で禁止されている部下の行為を止めさせるロンメルが実にカッコよく描かれる。ロンメルを演じたのは、ジェームズ・メイソン。戦前から活躍する名バイプレイヤーで、知的で戦略家の軍人役が多かった。 この物語は戦争が終わってヤングがロンメルの死の真相を遡る形で展開していくのが珍しい構成となっている。アヴァン・タイトルの採用といい、謎に満ちた「戦争の英雄」の死の真相を辿る形式といいハサウェイ監督の演出はかなり挑戦的なテクニックを駆使していた。ロンメルの軍人としての人生はヒトラーに翻弄されたと言ってよい。ジフテリアになって完治していなくても戦線に復帰していたのが痛々しい。どんなに素晴らしい戦果を上げても決して高く評価せず、更に厳しい要求を繰り返していたらしい。ヒトラーの暗殺計画が進行する過程の描き方も緊張感にみちているが、まだ戦争が終わって10年も経っていない時代に描かれるヒトラー暗殺未遂と名将の死の真相は生々しい現実として胸に迫る。つい数年前までドイツと軍事同盟を結んでいた日本人には、この映画に出てくるドイツ元首の姿はどのように映ったのかが気になる。戦闘シーンには当時の北アフリカ戦線やノルマンディ上陸作戦の記録映画の映像がふんだんに用いられており、最近まで戦争があった時代なのだなぁ…と、戦後を感じる。 この映画の良いところは家庭のロンメルが丁寧に描かれているところだ。骨太の映画を得意とするハサウェイ監督らしく家庭の暖かさの中に軍人の息子との関係…特にロンメルが息子と最後の別れをするラストは目頭が熱くなる。ロンメルの奥さんを演じていたのがジェシカ・タンディ。『ドライビング・MISS・デイジー』の気の強いユダヤ系の貴婦人を演じてアカデミー賞主演女優賞を獲った。女優歴の割には映画の出演本数は多くないが、ひとつの演技に奥行きがある味わい深い余韻を残す。僕が好きな演技はヒッチコックの『鳥』で、ロッド・テイラー演じる主人公のお母さん役。息子を溺愛する余り、近づいてくる若い女に対して冷たい態度を取ってしまう。その微妙な感じを出すのが素晴らしかった。本作では、彼女はいつも夫が出掛ける時に、2階の窓から見送る。夫がドイツ軍の英雄であるが故に、常に夫の身を案ずる妻の苦悩がその表情から見て取れる。ラストで、出かける夫が二度と戻らない運命を知りながらも送り出す気高さ…やはり2階から見送る彼女が声に出さず「グッバイ・ダーリン…」と別れを告げる姿に感動する。 |