オーストラリア出身の俳優ジョージ・レイゼンビーが、唯一ジェームズ・ボンドを演じた『女王陛下の007』は今も根強いファンがいる作品である。ショーン・コネリー自身がボンド役の降板を表明したことから、当時ファッションモデルだったレイゼンビーに白羽の矢が立ち、見事スクリーンテストに合格する。イアン・フレミングの原作イメージに本作が一番近いと内外からの評価が高く、それまでの荒唐無稽な秘密兵器のオンパレードから一転、アクション重視の大人向けのスパイ映画となっていた。何と!今回のボンドは一人の女性と真剣に愛を育み最後には結婚するのだから。二人のシーンに流れるルイ・アームストロングの「愛はすべてを越えて」が泣ける。

ちなみにレイゼンビーの親戚が日本で英会話の先生をやっていて、友人がやっている行きつけのバーで偶然知り合った時に名前を聞くと「えっ、レイゼンビー?同じ苗字のボンド俳優を知ってるよ」と言うと、「それ私の親戚よ!知ってくれていて嬉しい!」と喜んでくれた。もうロンドンに帰ってしまったけどSNSで交流は続いている。

本作のボンドガールを演じたダイアナ・リグはシリーズ屈指のクールビューティ。ボンドと結婚するトレイシーという暗黒社会のフィクサーのひとり娘という役どころ。キネマ旬報2014年12月上旬号の成田陽子さんが「忘れられないスター」でダイアナ・リグを取り上げられており、パンフレットよりもかなり詳しく紹介されている。1961年から69年まで放送されたテレビシリーズの『おしゃれ(秘)探偵』で主人公の女スパイとして人気を博していたそうだが、残念ながら僕はそのドラマを見ていなかった。007以後、彼女を見たのが『地中海殺人事件』で殺される富豪の役どころだったが美しさは全く変わっていなかった。

007の魅力は庶民には手が出せないお酒や煙草、化粧品の銘柄を小道具として上手く取り入れているところ。子供心にマティーニとステアとシェークという単語がカッコいいと思っていたし、ボンドが煙草を薦められても「自分の以外は吸わない」と断るこだわりにもある種の憧れがあった。ちなみに本作でトレイシーが使っている香水はゲランの「ルールプルー(蒼の法則)」といって1912年に発売した調香師ジャック・ゲランの最高傑作として語り継がれている。ボンドと一夜を共にする時、「ここにはビジネスで来た」と嘘を言う彼女の手首に顔を近づけたボンドが「ルールプルーをつけて?」と聞くシーンがお洒落だった。

前作『007は二度死ぬ』で逃げられたブロフェルドを追ってスイス・アルプスの山頂にあるアレルギー研究所に潜入するのが今回の任務。この研究所でブロフェルドは密かに細菌兵器を作っており、退院した患者たちによって世界中にウイルスをバラまく計画を立てていた。こうした催眠術を使ったテロ計画はKGBが画策していたという実しやかな噂もあって、それを題材にしたチャールズ・ブロンソン主演の『テレフォン』という映画もあった。前作のドナルド・プレザンスに代わり、本作ではテリー・サバラスが貫禄のあるブロフェルドを怪演。これまた歴代の悪役の中でも一二を争う魅力的な悪役ぶりだった。

ボンドがブロフェルドの居場所を突き止めるために忍び込んだ弁護士事務所の金庫を開けるシーンで、機械がダイアルを解析するまでの間に、弁護士が隠し持っていたプレイボーイの折込みページを眺める余裕を見せるのが007シリーズの洒落っ気でもある。最後には切り取ってポケットにしまっちゃうなんて60年代に生きる男のダンディズムだ。

話しは変わるが、ようやくコロナ禍で延び延びになっていた007シリーズ最新作『ノー・タイム・トゥ・ダイ』を観た。これでダニエル・クレイグが最後のボンドとなるそうで、5年以上も前から様々な憶測が流れた。真ん中を全部端折って女のボンドが出るらしいぞ…とか(女のボンドー笑)。とにかく待ちわびた新作は007史上最長の2時間44分(長さを全く感じない)。そしてこの素晴らしいエンディングに使われた主題歌はファンサービス!懐かしのルイ・アームストロングのコレだ。いやぁ〜泣けた!