歌舞伎町に最後まで残っていた1000席の大劇場「新宿ミラノ座」が閉館する事となり、『アラビアのロレンス』が、LAST SHOW上映された。このバレーコートと同じサイズの巨大スクリーンも観納めと…仕事を早々に切り上げて観賞する。スクリーンが視界いっぱいに広がる前から4列目の席はダイナミックな映像を満喫するには最適だ。思い返せば、かつて、東京国際ファンタスティック映画祭のメイン会場だった「渋谷パンテオン」で70mm上映されて以来である。あの時は上映中に起こった地震によって映写機が動かなくなり中断という口惜しい思いをしたが、こんなカタチで実現するとは…東急レクリエーションに感謝である。モーリス・ジャールによる序曲が終わり、真俯瞰からバイクの手入れをするロレンスが映し出されると会場から拍手が沸き起こる。シネスコの画質を均一化するため左右が大きく湾曲するスクリーンもこれで見納めか…と思うと感慨深いものがある。 『アラビアのロレンス』は、トルコに支配されていたアラビアの独立に大きく貢献した名もなき一介のイギリス人将校だったT・E・ロレンスの物語である。ロレンスに扮するのはピーター・オトゥール。長年対立する部族をひとつに束ねた人物を単純な砂漠のヒーローとしてではなく、挫折や弱さを持つ非英雄的な主人公を3時間半の長丁場を演じ切ってみせた。『戦場にかける橋』でアカデミー賞を獲得したプロデューサーのサム・スピーゲルと監督のデビッド・リーンのコンビが、次なる題材として選んだのは熱帯雨林のジャングルから一転した灼熱の砂漠だった。劇中、クロード・レインズ扮する政治顧問がロレンスに忠告する「砂漠を楽しめるものはベドウィンと神々だ。それ以外の者には灼熱地獄にすぎない」というセリフが印象に残る。 物語はバイクの事故で生涯を閉じたロレンスの葬儀のシーンから始まる。イギリス軍人でありながら、命令を無視してアラビアの民と共にトルコと戦った生前の人物像は、葬儀の参列者へのインタビューから返ってくる言葉からも分かるように、関係者からは厄介者と思われていたようだ。事実、ロレンスがカイロに赴任していた時代にも上官の作戦を侮辱したり軍人としては問題児であった。だから厄介払いのつもりでアラビアへ状況観察の駐在員として派遣されることになったのだが。派遣が決まったロレンスがマッチの火を吹き消すと砂漠の地平線から太陽が昇る映像に切り替わる。シネマスコープならではの映像に思わず上手い!と唸ってしまった。 パンフレットに撮影スタッフとして、撮影監督フレデリック・A・ヤングを筆頭に、第二撮影班監督を含め、総勢6名のカメラマンが名を連ねている。砂漠の映像はどれもが素晴らしく、テクニカラーとスーパー・パナビジョン70mmカメラで捉えた遠景ショットの美しさは鳥肌級だ。砂漠の地平線の遥か彼方に薄らと見える砂埃が次第に濃くなって人影となる…こればかりは大スクリーンでなければ味わえない映像だ。日中の温度が50度を超える砂漠で、ヨルダンのフセイン国王の協力の元で、数ヶ月に渡る現地ロケを敢行したという撮影班の苦労に敬意を表したいと心から思う。ちなみにカメラマンの中に、カルトムービー『地球に落ちて来た男』を監督したニコラス・ローグの名前があった。 ロレンスの功績は対立する部族間の橋渡しを行った事が大きい。日本で言えば、薩摩と長州の間を取り持った坂本龍馬のような役割。ハリス族首長のアリが、自分の井戸の水を勝手に飲んだ他部族の男を射殺したシーンで「アラブが部族同士で戦う限り、いつまでも無力で愚かな民族に過ぎないぞ」というロレンスのセリフが心に残る。アリを演じたのはエジプト出身のオマー・シャリフ。キリっとした涼し気な顔立ちで、この映画からファンになった。そんな出会いをした二人がやがて認め合い、トルコ軍が占領する港町アカバを「神が造った最悪の土地」と呼ばれるネフド砂漠を僅か50名の精鋭で渡って、背後からの攻撃で奪還してしまう。このアカバ攻撃シーンは最大の見せ場で、遠景や俯瞰のショットでスタンドイン無しでラクダに乗って突進してくる出演者たちを5台のカメラ(しかも70mmの総額1億8千万円の大機材だ)で捉えた本物の映像はCG慣れした世代にこそ観てもらいたい。 前半の見せ場であるアカバ攻略に対して後半はガラリとムードが変わる。新聞記者から砂漠を愛する理由を問われ「清潔だから」と答えていたロレンスが、アラビアに抱いていた理想から現実に直面して、その時初めて挫折を味わう。この後半のオトゥールの演技がイイ。ひとつの村を焼き払って敗走するトルコ軍を背後から追い打ちを掛け、全滅させるという猟奇的な一面を見せるなどロレンスの内面に深く切り込んで行く。ダマスカス攻略という本来の目的を度外視して激情に走るロレンスの弱さもしっかりと描いているのが作品に厚みを持たせている。このシーンではロレンスとアリの立場が逆転しており、その場の感情よりも作戦を優先すべきとアリに進言されて苦悩するロレンスの姿もちゃんと拾い上げていたのがとても良かった。 『アラビアのロレンス』のパンフレットは、A4サイズよりもひと回り大きく、手にしっとりするケント紙(多分)の紙質は、従来のパンフレットに比べてかなりの豪華仕様となっており配給会社の意気込みを感じる。また、当時は手作業であったであろう折込で(この加工もお金がかかっている)ダマスカスに進撃するアラブの連合軍を正面から捉えたスチールと砂漠を進むラクダ騎乗兵の一群のスチールが素晴らしい。映画が正に娯楽の中心にあったハリウッドの黄金期が、このパンフレットに反映されている。映画ではダマスカス攻略後、失意の中で帰国するところで終わっているが、パンフレットには、晩年のロレンスについても書かれている。 |