「夏になると浴衣姿のお客さんが来ることもあるんですよ」と言う庭野弘子支配人は当時、女性としては珍しい映写技師として劇場に入ったという経歴の持ち主。「昔はリバイバルも多かったので、フィルムがよく切れたりして本当に苦労しました」と、入社当時を振り返って笑う。『藤沢オデヲン座』の歴史は古く、江の島を望む藤沢の地に昭和10年から創業している湘南で最も古い映画館である。当時の横浜オデヲン座が改築される際に建物を移動してこの劇場が誕生したというわけだ。駅から5〜6分ほど歩いて行くとオシャレな外観が目に入ってくる。地域に密着した劇場の中でも珍しくモダンという言葉が良く似合う。10年前のリニューアルで3階に『キネマ88』が新設された。


「リニューアルのコンセプトは、女性が一人でも観に来られる映画館。だから、ゆっくりと過ごしてもらえるようにロビーにゆとりを持たせました」確かに商店街の中にあるせいか主婦の姿が多く、水曜日のレディース・デーには、主婦や女性のグループ、夕方からは仕事帰りのOLさんたちで賑わうのも頷ける。“タイタニック”は1年もロングラン興行を行い、最後まで女性のリピーターが途切れなかった。珍しい事にコチラはメンズ・デー(毎週水曜日)が設定されている。「女性だけではなく男性の方にも映画を観てもらいたいので」アクション映画を得意とする映画館だけに、男性客が多いのも特長のひとつだ。それだけに水曜日になると、やはり会社帰りのスーツ姿が目立つ。また、月に何本も映画を観るというコアな映画ファンには、劇場の窓口で販売されているシネマチケットがオススメだ。招待券が1枚付いて6枚綴りで6500円。1枚あたり1000円で観られるので是非、利用していただきたい。

休憩時間にはロビーのピアノの自動演奏が楽しめ、吹き抜けとなった開放的なロビーは、ちょっとしたカフェのようだ。「私たちは無形の物を売り物にしているのだから、映画を観終ったお客様にロビーで余韻を楽しんで頂けるとうれしい」と、語る支配人…劇場の精神はしっかりと観客に伝わっている事だろう。場内の天井も高いため、260席の客席数の割にはスクリーンは大きく、かなり迫力ある映像を満喫出来る。一方、『キネマ88』のウリのひとつに場内のイスがある。かまぼこを連想させるような背もたれが印象的だが、珍しいのはリクライニング・シートだという事。ゆとりのある座席は決してシネコンに退けを取らない。上映開始のアナウンスが流れると慌てて座席に座り、荷物の中からサンドイッチを広げる…そういった光景があちこちで見られる。場内持ち込み禁止の劇場が増えつつある今、そんなホノボノとした光景が見られるのもこういった劇場の良さでもある。映画が終ってからもロビーでくつろげる静かな空間であるためか最近は年輩の方が多く見られるという。


リニューアル前はロビーが狭かったためか、「E.T.」が公開された当時、劇場の前に中に入り切らないお客さんが溢れかえったというが「今ではロビーが広くなったので中でゆっくりとお待ちいただけます」とは言うものの「ジュラシック・パーク」の時は、あまりの来場者の多さに、長蛇の列が出来て、連日ロビーでくつろげる様な状況ではなかったらしい。それでも「やっぱりお客様に喜んで頂ける映画を上映できる喜びを感じ、これからも皆さんに楽しんで頂ける映画を提供したいですね。」と支配人は笑顔で語ってくれた。劇場の正面に掛かっている時計の針が劇場と共にこれからの歴史を刻み続けていくことだろう。(取材:2000年8月)

【座席】 『藤沢オデヲン座』260席/『キネマ88』157席
【音響】 『藤沢オデヲン座』SRD/『キネマ88』SR

【住所】 神奈川県藤沢市藤沢1011 


『藤沢オデオン座・藤沢キネマ88』は2007年4月1日を持ちまして閉館いたしました。

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