「昔は馬車道というと横浜でデートするカップルが多かったのですが、最近は若いカップルよりも年輩の方が多いですね」と語ってくれたのは営業主任の松岡浩司氏。「やはり若い人たちはシネコンに行ってしまうみたいで、逆に昔から馬車道という土地に慣れ親しんだ方は良く来ていただいてます」馬車道は関内駅のちょうど反対側にある伊勢佐木町と比べ休日は人通りも多くはない。最近はシネコンが周囲に出来て、お手軽に車で買い物ついでに映画を観る人達が増えているが、映画の帰りに街をブラっと楽しむ良さも思い出してもらいたい。まさに馬車道は海岸通りから山下公園へ抜けて中華街で食事を楽しみ、足を延ばせば元町へ廻る事が出来る場所なのだ。 |
横浜の異国情緒溢れる馬車道…県立博物館や市庁舎など歴史的建造物が建ち並ぶ歴史の香りが漂う場所だ。夜はジャズやシャンソンが流れるカウンターバーでウィスキーを傾け、昼は赤レンガで有名な万国橋通りまでブラブラと散策する…秋になると銀杏並木が通りを華やかに化粧する大人のデートスポットだ。馬車道を港へ向かって歩くこと5分ほどで、戦後間もない昭和31年より創業の老舗映画館『横浜東宝会館』が見えてくる。元々は現在の関内ホールが建っている場所にあったのを現在の場所に移動してから、今年で45年目を迎える。今でこそ会館内には5つの劇場が存在しているが、昔は1000席を超える『横浜東宝』ひとつの大劇場であった。 |
「映画の余韻に浸りながら街を散策する…私も映画館のある場所で街を覚えたっていう経験がありますから。是非、そういった楽しみ方をして欲しいですね」45年の風格と大劇場らしい堂々とした雰囲気を残しながら東宝の直営館として話題作を送り続ける『横浜東宝会館』も今年は記念すべき45周年であり、内容は未定だが、現在イベントを企画中である。ちなみに40周年の年は低料金で“エデンの東”や“八十日間世界一周”などのクラシックを日替りで上映したり、東宝の人気アニメ“ドラえもん”を1作目から連日1本モーニングショウで上映したそうだ。連日昔からの映画ファンや子供たちで賑わったというから、今回も期待したくなってしまう。「新しい劇場にはない暖かみがありますので、是非一度劇場に足を運んでいただきたい」という松岡氏の言葉通り、従業員の笑顔が印象的であった。 神奈川県内でも最大級の客席数を誇った『横浜東宝』だが、映画の斜陽化が囁かれ始めた頃、1階と2階を分けて、2階部分を『横浜東宝エルム』に改装した。とは言うものの『横浜東宝』の客席617席は『横浜スカラ座』と並ぶ最大規模。客席に座るとスクリーンの大きさを実感でき、上映が始まりスクリーンに映画が映し出されると、その迫力に思わず圧倒されてしまう。最近のヒット作と言えば、連日満席で列が途切れる事が無かったという“もののけ姫”と、急遽、早朝の回を設けても満席となった“タイタニック”で、この記録は抜けないであろうと松岡氏は言う。「本当は70mmの映画を上映出来る設備を持っているので、いずれ上映したいのですが、最近70mm映画そのものが制作されなくなっていますから…」こうして70mmの魅力はデジタルへと移行してしまうのであろうか?大画面の迫力に胸踊らせていた世代にとっては、実に勿体ない話しだ。 |
『横浜東宝エルム』は、場内に入ると急勾配の傾斜に驚かされるだろう。横に広く、スタジアム形式の段差が通常の2倍近くあるから、どの位置からも観やすく、前の人の頭は決して邪魔にはならないのが嬉しい。そして、もうひとつ特徴的なのはロビー…1つの劇場のロビーとしては、かなりのゆとりを持っている。そして、『横浜スカラ座』には、会館の左側にあるエレベーターに乗って4階へ上がる。まず最初に目に入るのは、赤いカーペットの敷き詰められた広々としたロビー(昔懐かしいゲーム機も現役でガンバっていた)。そこには劇場の歴史を感じさせる柱が立っている。ワンスロープの場内は、最前列に座ってもスクリーンに奥行きがあるせいか観ずらいことはなく、むしろどの場所に座ってもスクリーンが大きいため問題はない。正面でチケットを購入して、床に赤いラインと緑のラインが轢かれている階段を降りて行くと『横浜東宝シネマ1・2』のロビーの前に出て来る。フランス映画社のBOWシリーズやATGを掛けていた2つの劇場は『横浜東宝会館』の中でも比較的小さいながらも2階席があるのは立派。やや後方に位置する2階席からはスクリーン全体が見渡すことが出来る昔ながらの映画館だ。また劇場ロビーへ至る途中に東宝経営の中華飯店とおそば屋さんがあり、上映までの待ち時間にちょっと食事を取る姿が良く見られる。壁一面に東宝系作品のパンフレットが展示されており、丁度良い時間つぶしができた。 西洋の文化が、いち早く入って来た港町、横浜。その代表とも言えるのが映画であった。『横浜東宝会館』は東宝直営のロードショウ館として数多くの名作を送り続け、大スクリーンに投影されるアクションやロマンスに観客の心を捉えて離さなかった。夏休みには子供たちの歓声に包まれていた街の映画館も、平成13年11月29日を持って閉館。そんな映画館にもう一度感謝を込めて「ありがとう」と言いたい。また、ひとつ大切な文化の灯が消えた…。(2000年10月取材) |