「オイ、さくら!上野で映画でも観てくらぁ。」“男はつらいよ”で寅次郎が口にしたセリフ。多分、寅さんが不貞腐れながら観に来ていた映画館はココ『上野セントラル』だったのではないだろうか。上野がかつて北の玄関口と称されていた昭和28年11月3日、上野駅前に完成した“上野松竹デパート”内にオープンした4館の映画館。衣料品店やクスリ屋、囲碁センターなどが入った雑居デパート…その姿は今でも昭和の時代のまま残っている。「昔は北国へ帰省する人々が始発を待って徹夜で駅前にテントを張ってウチで待ち時間の暇つぶしにオールナイトを観に来ていたものですよ。」と、当時を振り返って語ってくれたのは劇場の永い歴史と共に歩み続けてきた小林圭司支配人。 『上野セントラル1』が“上野松竹”だった時代…「全盛期は“男はつらいよ”と成人映画が量産されていた頃でしたね。あの頃の活気は凄かったですよ。」現在、『セントラル1』では“丸ノ内ピカデリー1”系の洋画を地下にある2館『セントラル2』を“丸ノ内ピカデリー2”“丸ノ内プラゼール”系、『セントラル3』では東宝洋画系そして2階にある『セントラル4』では東映の邦画系を上映しているが、現在の『セントラル2・3・4』は最近まで成人映画専門館だった。かつて“上野映画”だった『2』では日活ロマンポルノ、“上野名画座”だった『3』では新東宝系、“上野セントラル”だった『4』ではその他の邦画専門の成人映画を実はつい最近まで上映していた。「昭和50年代までは全盛期でしたね。ピンクに関して入場者数は全国でも1位2位を独占していたんですよ。3館で成人映画を掛けていたにも関わらずそれでも上映館が足りないぐらい…上野だけでも8館の成人映画館がありましたから。」平成に入ってから成人映画が下火になり新作の本数が少なくなったのと入場者数が激減したのと同時に成人映画館という看板を降ろしてしまった。 |
しかし「ピンク映画の時が一番楽しかったね。」と小林支配人は振り返る。“日活ロマンポルノ裁判”があった頃、上映直前に突然ポスターからプリントまで押収された時代を体験しただけに感慨深いものがあるのだろう。「当時のピンク映画の作り手たちは、メジャーになりたいという夢を持っていましたから、その気持ちが観る側にも伝わってきて観客もそれなりに監督を応援していたんですよ。製作会社もタイトルを決めるのに劇場の意見を取り入れたりしてくれて…だから我々も一緒に映画を作っているという意識がありました。」 2階席を持ち広々とした場内が心地よく、スクリーンの両サイドには歴史を感じさせる彫刻が壁面に飾られている『セントラル1』。ワンスロープの客席はリニューアルしてから座り心地の良いシートを採用、客席間もゆとりを持たせリラックスして映画鑑賞ができる。ロビーには特に売店というのが設置しておらず、飲食関係は奥の自動販売機で購入が可能だ。映画鑑賞に徹底している空間で関連グッズは入口の受け付けに揃えられている。 |
地下にある『セントラル2・3』そして2階にある『セントラル4』は小さいスペースながらも落ち着いた雰囲気を持っている劇場でスクリーンの位置とワンスロープの傾斜も充分に取っているのでゆとりを持って映画を楽しめる。無駄なスペースを極力排除して出来るだけ快適に時間を過ごせるように細心の注意を払っている映画館だ。今ではもうコチラでは観る事が出来なくなった“男はつらいよ”と成人映画…ある意味、昭和という時代の風物詩を送り続けていた劇場が『上野セントラル』ではないだろうか。今までのヒット作は、やはり寅さんというだけに喜劇といえば上野なのだ。「映画館の面白さは知らない人と一緒に観る事…特に喜劇は映画館だからこそ盛り上がるんです。いくらビデオの画質が発達しても35ミリのフィルムが持つ遠近感は表現できないですからね。」年輩のお客さんが映画を観ながら拍手を送る…そんな光景が映画をより面白くするのだ。洋画よりも邦画が強いと言われている上野。客層としても平日の昼間は圧倒的に競馬新聞を片手にシニア層が目立つ。 |
「多分、街のロケーションなんでしょうけどフリーのお客様が多いですよね。」買い物帰りに時間があるから映画でも観ようか…とブラリと訪れる。だから時間なんてあんまり気にしない方が多くて残り30分でも平気で入場されてしまう。「それも昔の名残なんでしょうけど…」という言葉通り、年末になると特にアメ横帰りの買い物袋を片手に訪れる年輩の姿が多く見られる。今でこそ、無くなったが以前は花見の時期になると上野公園で花見を楽しんだグループが大挙して劇場に押し寄せ数名ずつのグループに分けて入場させる事もあったという。「皆さんお酒を呑まれていますから、もう場内で喧嘩ですよ。そうなったら劇場とお客さんとの闘いですよね。その代わり従業員とお客様とのふれあいは多くて“良い映画だったね”ってお客様の方から話しかけてくるんですよ。ウチみたいな古い劇場の良さは温かみのある接客が出来ること…こればっかりはマニュアル通りにはいかないですよね。」という支配人の言葉に人情溢れる映画館の姿をかい間見た気がした。(取材:2002年12月) |