「はい、いらっしゃい!今日はキャベツが安いよ!」活気溢れる商店街の光景。100円の釣り銭を「はい、100万円や!」とコテコテの返しがフツーに飛び交う街…大阪の難波を日本橋に向かって走る南海通は昔と変わらない関西商人の熱気に触れている商店街だ。そして、今や笑いのカルチャーを発信させ、多くの若者が集うヨシモトワールドがある場所…ある意味、大阪の神髄を満喫したいなら迷わず訪れて欲しい場所だ。そんな南海通と千日前道具屋筋商店街が交差するあたりに家庭生活雑貨と派手に描かれた看板と特売の文字が書かれた紙があちこちに貼られた“スーパーA&P”がある。店頭に所狭しと並べられた段ボールの上に本日おススメの野菜がズラリ。その横にある映画のポスターやスチール写真が飾られたディスプレイケース…つい見過ごしてしまいそうな場所にある映画館。ふと、上を見上げると電飾に囲まれた手描きの看板…「へぇ、こんな所に映画館があったのか…」。昭和39年にオープンした『千日前弥生座』はスーパーの上にあるだけではない。まさに“スーパーA&P”が運営している珍しい映画館なのだ。





スーパーの横にある階段を2階に上がって行くと、そこが劇場の入口となっている。「確かにお客様は殆ど経営者が同じなんて知らないで来ていますよ。まぁ、映画を観る事とは関係ないですからね」と支配人の越智孝夫氏は語る。「どうしても難波というと飲み屋やパチンコといった歓楽街のイメージが強いと思うんですが、ここら辺は昔からの商店街だったり問屋街なんですよ。」それだけに来場される客層も遠くから来るというよりも近くに住んでいる家族や年輩の方が多く、ある意味、地元密着型の映画館なのだ。今でも難波からちょっと離れると昔ながらの住宅街があり、そこで生活している人々がスーパーで今日の献立を考えながら食材を買い、休日には子供を連れて映画館にやってくる。越智氏は続ける「だからでしょうね…ウチの客層は若い方というよりも中高年以上の方が多いんですよ。どちらかというと梅田まで映画を観に出かけるのではなく難波・千日前といった昔から馴染みのある場所で映画を観る。ですから限りなく常連さんに近いですよ。昔からウチを知っているおじいさんが朝から観に来られたり…仕事帰りにブラっと寄って行かれる会社員の方だったり…」映画館というのはこうした自分の居場所を大切に守っているお客様に支えられているといえるのではないだろうか。

自動券売機でチケットを購入して中に入る…小さな受付(受付の後ろには懐かしいソフトクリームのケースが…)と目の前には映画グッズが陳列されたショウケースがある。ホールをぐるりと囲むようにして存在するロビーはスーパーの上にあるとは思えない程、意外と広い。ホール横の喫煙所では子供連れのお父さんがスポーツ新聞を広げながら上映までの待ち時間を過ごしている姿がよく見られる。以前は特にチェーン系列を組んでいなかったが最近、松竹洋画系チェーン劇場として“丸の内ピカデリー2”系ロードショウ館となっている。春・夏・冬休みシーズンになるとファミリー向けの作品が多いからかご近所の親子連れの姿が目立つようになる。サービスとしては映画の日と毎週水曜日レディースデーが1000円となっている。

場内に入るとコーンのこおばしい香りが漂う…その何とも言えない感じが映画館の臨場感でもある。木製の座席、シックな色調の木目の壁…そのどれもが歴史を感じさせる重厚感がある。ホールは縦長でセンターから後ろがスタジアム形式となっており前列の人の頭が邪魔になることないので観易く、また天井が高く開放的な空間であるのがうれしい設計だ。「ただ、古い劇場なので座席の間隔が若干、狭いのが申し訳ないのですが…」

1階のスーパーでは生活の必需品を揃え、2階の劇場では娯楽を提供する…昔から変わらないこのスタイル。実は人々の暮らしの中にとって両者とも必要不可欠なものではないだろうか。片方では家族の夕食という団欒の中で笑顔を生み出し、もう一方では映画という夢の世界の中で家族に笑顔を送り届ける。ささやかな日常生活にしっかりと根強く入り込んでいるのがココ『千日前弥生座』なのだ。取材:2003年7月)






【座席】 315席  【音響】 DS

【住所】 大阪府大阪市中央区難波千日前12-3 ※2004年5月28日をもちまして閉館いたしました。

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