昔ながらの大劇場という趣きと風格のある映画館に出会うと、ワクワクしてしまう。贅沢なほど天井が高い開放的な空間で映画を観るのは勿論だが、施設内を迷路のように張り巡らされた通路や、どこに出るのか分からない階段を上ってみると小さなロビーを発見したり…。結局、グルリと一周してロビー反対側に出るだけなのだが、劇場全体の構造が分かるだけでも何かトクした気分になるのだ。大劇場は、ただでさえ、広い場内を維持するための経費を確保するのは大変で、いつしか閉館したり、場内を小型化したりして、年々姿を消している現状だ。そんな中、創設時と変わらない姿で映画ファンを魅了する大劇場が兵庫県姫路市にあった。姫路城の城下町として多くの観光客が乗降する姫路駅から国道2号線沿を5分ほど歩くと壁面にエンパイアステートビルをよじ登るキングコングと空飛ぶ円盤の楽しげなオブジェを施した総合レジャービル姫路大劇会館が見えてくる。その中に、600席以上もの客席数を有する大劇場を有する『姫路大劇シネマ1・2・3』がある。 |
『シネマ1』の場内に入ると、まず驚かされるのは天井の高さと3階分くらいはあるだろうかスタジアム形式の客席だ。大きなスクリーンを視界いっぱいに楽しみたい方は前方のワンスロープの席を、スクリーン全体を目線の高さで観たい方はスタジアム中央あたりがオススメだ。ただ、一度体験してもらいたいのはスクリーンは小さくなるが劇場の広さと会場全体の空気感を味わえる最後尾の席。特に満席の回は観客の熱気が映像と共に伝わってきて、いつもと違う臨場感を感じる事が出来るはず。2階にある『シネマ2』は客席数こそ『シネマ1』よりも少ないものの300席を有する場内はやはり広い。オープン当時の昭和40年代は正に70mmの大型スクリーンの時代。洋画専門館としてオープンした『シネマ2』には70mm映写システムを完備していた事から"70mmパレス"(設立時は"大劇パレス"という館名だった)とも呼ばれていた。なるほど、それで『シネマ2』の天井が高い事が理解できる。『シネマ3』は、当初、ボウリング場と映画館の利用者向けの食堂として増築。その後"大劇アカデミー"という館名の映画館に改装された。しばらくは邦画洋画のB級作品とピンク映画を交互に上映されていたが、今では、夏休みや冬休みのハイシーズンは子供向けの映画を上映しており、かなり自由度のある映画館(昔はこういった劇場が街にはたくさんあったものだ)だ。 戦後間もない昭和24年8月、日本が復興の道を歩み出し、国民の間に少しずつ笑顔が見え始めた頃、姫路市に隣接する加西市に吉岡興業株式会社(当時は吉岡興行社)が経営する映画館"住吉座"がオープンする。2年後には姫路市内に2館、西宮市に1館と立て続けに創設して、最盛期には神戸、加古川、高砂まで20館近くの映画館を持ち娯楽を提供し続けてきた。 |
『姫路大劇シネマ1・2・3』は、昭和30年3月に"姫路大劇"という館名で"略奪された七人の花嫁"をこけら落しでオープンした。日本映画最盛期から少し遅れたハリウッドの大作に人気が移り始めた時代である。昭和39年12月22日には、大改築を行い東映封切館の"東映大劇場"と大作を中心とした洋画専門館"大劇パレス"という二枚看板で再オープン。多くの映画ファンを惹きつけた。昭和48年4月27日に"大劇アカデミー"をオープンし、さらに昭和50年10月10日には、4階を増築して洋画専門館"大劇プラザ"と成人映画館"大劇ロマン"という劇場をオープン。5つのスクリーンとボウリング場を有する市内屈指の大型娯楽施設として老若男女、幅広い世代の市民に親しまれてきた。平成5年に"大劇プラザ"と"大劇ロマン"は閉館され現在はカラオケ店となってしまったが、閉館日の事を支配人の田村和夫氏は今でもよく覚えているという。「"大劇プラザ"では正月映画として公開された"ボディガード"がロングランの大ヒットを記録して、閉館される5月5日ギリギリまで、たくさんのお客様が来ていました」 |
田村氏が入社した昭和46年は、正にボウリングブーム真っ盛りで、最初に配属されたのは姫路市内のボウリング場。映画館に配属されたのは平成元年からだが、記憶に深く残っているのは、入社して間もない頃に人気を博していた"トラック野郎"シリーズだという。「全国の劇場をイベントで回っていた劇中で使われていたトラックを駐車するのに私が配属されていたボウリング場の駐車場に止めていたものだから、トラックの装飾や部品を盗まれないよう一晩中監視するよう命じられたんです(笑)」翌日、主演の菅原文太が舞台挨拶で登壇して、多くのファンが詰めかけた光景を今でもよく覚えているという。映画館に配属されてから半裁のポスターを板に貼って看板を市内のアチコチに設置して回ったという田村氏。「40〜50件回ったかなぁ…姫路の街中を回りましたよ。大変でしたけど今ではイイ思い出ですね」と笑う。近年では、子供向けアニメに人気がシフトしており、スタジオジブリ作品には毎回、多くの観客が押し寄せる。中でも“もののけ姫”の公開当時の盛況は今でも田村氏の記憶に強く残っているという。「まだシネコンが出来る前でしたから…。姫路市内では2館で上映したのですが朝から満員という状況が何日も続いて大変でした」 まずは受付でお目当てのチケットを購入したら、全席自由席なので良い席を確保するため早々と目的の劇場へ向かう。ここでは場所取りが肝心だが、時間に余裕がある時はロビーをブラブラして過ごすのも良いだろう。春・夏・冬休みシーズンはロビーのいたるところで子供たちの黄色い歓声が上がっている。JRと山陽電鉄駅から近いという交通の便の良さと、近隣に住む人が多いからだろうかファミリー層や年輩のお客様の他にも中高生の姿も目立つ。 |
「客席数に比べてロビーが狭いので人気のあるアニメの初日には長い列が2階の階段まで延びますよ」今年の夏休みに公開された"ワンピース"の初日は朝から全ての回がほぼ満席状態でロビーは騒然とするほど賑わいを見せていたという。「お子さんを連れたお母さんが"昔、私もココで観た"と、懐かしんでらっしゃいますよ」と語る田村氏。近隣にシネコンが出来たため600席の客席が満席になるという事は減ったというが、東映と東宝洋画系の子供向けアニメを中心に上映している『姫路大劇シネマ1・2・3』は、車を運転しないお母さんや年輩の方にとって貴重な街の映画館だ。「映画館のロビーが通りに面した1階にあるから親御さんには重宝なんでしょうね。街の中心にあるから、子供たちだけを預けて上映している間に駅前で買い物をして終わる頃に迎えに来る…という方が多いですよ」取材時に見かけたロビーで田村氏に向かって熱心に映画の感想を話す子供の笑顔が印象に残った。(2013年8月取材) |
【座席】 『シネマ1』606席/『シネマ2』308席/『シネマ3』120席 【音響】 DS・SR 【住所】兵庫県姫路市忍町68 ※2015年11月8日をもちまして閉館いたしました。 本ホームページに掲載されている写真・内容の無断転用はお断りいたします。(C)Minatomachi Cinema Street |