チョコレート色のレトロな阪急電車が走る阪急宝塚線―終点の宝塚駅には宝塚歌劇団の聖地である宝塚大劇場や、かつては宝塚映画撮影所があった。最盛期には5館あった映画館も30年近く閉館されたまま…市民の間で「街に映画館を」という機運が高まり自主上映会が開かれていた矢先、阪神淡路大震災によって市は壊滅的な被害を受ける。全壊した売布神社駅前市場の跡地に、宝塚市は震災復興事業として再開発ビル"ピピアめふ"の建設を計画。有事の際には避難場所になる目的で作られた。 |
そして『シネ・ピピア』がこだわったのは音響設備。宝塚市は宝塚歌劇団があるように"音楽のある街づくり"を推進しているため、音に関しては市としてもアピールしたいという要望が強かったという。そのため、センタースピーカーは、アメリカのメイヤー社によるコンサート用のスピーカーを採用し、高低部の音質が従来の倍以上となる国内トップクラスの優れた音響効果を体験できる映画館となった。「サラウンドで迫力のある音響というだけではなく、本来の作品が持っている音を忠実に再現するのが目的なので、スピーカーの威力をフルに出すため床も純正コンクリートを使うなど、躯体部分から工事を行いました」更に、どの席から観ても画面が観やすいように座席の配置から細かく調整するなど、映画を観る環境としては当時考えられる最高のものを用意されている。また、昨年6月には待望のデジタルを導入。署名活動を行ったところ、5000人近くの署名が集まり、デジタル導入が実現した。現在はデジタルだけではなく、35ミリから16ミリ、8ミリに至るまでフィルム上映も可能なので新旧取り混ぜた充実のラインナップが期待出来そうだ。『シネ・ピピア』も製作に携わった大森一樹監督の短編"明るくなるまでこの恋を"のオープニング&トークショーには入りきれない程の観客が詰めかけたそうだ。 |
普段は文化事業に還元したいという市のコンセプトと、映画館を求める市民の思いが結合して、平成11年10月29日に二つのスクリーンを有する公設民営映画館『シネ・ピピア』は誕生した。「税金を使って作るからといって、経費を安くして中途半端な施設にならないように…とだけは進言しました」と語るのは建設計画が立ち上がった時から関わってきた支配人の景山理氏。「今まで映画館が無かった場所に映画館を作るのですから、ふたつの意味があると思うんです。ひとつは色々なところでやっている話題作を観れる事。もうひとつはなかなか観る事が出来ない小粒ながらも良質の映画を観れる事」昭和59年から関西を中心とした"映画新聞"を発行し、ミニシアター"シネ・ヌーヴォ"を立ち上げ成功させていた景山氏は、劇場のコンセプトから作品選びに至るまで様々なアドバイスを市にしている。避難所を兼ねた場内の椅子は全てネジを外せば背もたれが倒れ簡易ベッドになる設計が施されていたり、断水になっても対応できるようトイレの水は井戸から汲み上げるなど震災を体験した映画館ならではの工夫が随所に取り入れられている。また、映画館に併設されているカフェ(その名も"バグダッド・カフェ")と広々としたホワイエは市民交流の場として活用されており、市民が主体となる様々な催物が開催されている。
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"シネマ1"では東宝系作品、"シネマ2"は名画座的な役割を持たせており、過去の名作から単館系のムーヴオーバー作品を上映している。「作品はロビーに設置しているリクエストボードで出来るだけお客様が観たいという映画の参考にしています」年輩のお客様が多いからか、アクションものよりも落ち着いた人間ドラマの方が強いという。「最初の頃は、土日よりも平日の方が多い事にビックリしました。周辺の方たちが下駄履きで気軽に来場される…完全に地域の映画館なんですよね。昨年夏にジャッキー・チェンの"ライジングドラゴン"を上映しましたが、正直入らなかった(笑)。ウチのお客様はジャッキーよりも、宝塚在住の石川拓治さん原作の"奇跡のリンゴ"や木下恵介監督を描いた"はじまりの道"の方が好まれますね」中でも爆発的なヒットとなったのは、やはり御当地映画の"阪急電車"。50席の1スクリーンでしか上映しなかったにも関わらず1万6千人以上の動員となった。「朝から次の回までのチケットはすぐに売り切れてしまいました。また、売店で阪急ホテルが作った阪急電車のパッケージに入っているドーナッツを5個セットで売っていたんですが、瞬く間に売り切れてしまい、僕は阪急ホテルまで何回もドーナッツを仕入れに行きました(笑)」と、当時を振り返る。 |
阪急電車に乗って映画を観に来て、観終わったら阪急電車に乗って帰る…映画と現実がつながる感覚を味わえる。こうした奇跡があるから映画というのは面白いのだ。それでも、ここ数年でシネコンが近隣に出来たため、ロードショー館だった"シネマ1"は名画座宣言をしてムーヴオーバー作品もプログラムに組み込んでいる。「宝塚は高齢化の進んだ街なので地域のお年寄りとか婦人会の方々が求める作品を提供する事を心掛けています」劇場側が作品を選ぶのではなく、お客様の"これが観たい!"という声を拾い上げるのがコンセプトだと景山氏は述べる。
市民の有志による手作り映画祭として毎年11月に行われている"宝塚映画祭"や、毎月ホワイエスペースで開催されるシネマルシェという市場には宝塚市民だけに止まらず近隣から多くの人々が訪れる。「出品される皆さんは、こだわりの品とか食材を持ち寄られるので結構賑わっているんですよ。映画館は映画を観る場所なんですけど、それ以外にもこんな楽しさもあるんだと思ってもらえたらと続けています」そういえば昔の映画館は前の広場で市場や屋台が出たりしていたなぁと懐かしさを覚える。「昔は映画館を中心に街が広がって行きましたよね。それが街づくりの基本でしたから、『シネ・ピピア』もそんな映画館になりたいですね」映画を観なくてもカフェにフラリと訪れて談笑して帰られたり、晴れた日にはテラスで読書に興じたり…思い思いに映画館というスペースを使っている人々を見ていると、街にとって大切なものがココにあるように感じた。(2013年8月取材) |
【座席】 『スクリーン1・2』50席 【音響】 『スクリーン1・2』DTS・SRD 【住所】兵庫県宝塚市売布2-5-1ピピアめふ5F 【電話】0797-87-3565 本ホームページに掲載されている写真・内容の無断転用はお断りいたします。(C)Minatomachi Cinema Street |