“七ぶら”…静岡市にはそういう言葉がある。静岡駅から15分ほど歩いた場所にある繁華街・七間町に夏の盛りになると通りをそぞろ歩きする人々が増える。何をするわけでもなく暑い夜、浴衣姿で歩く姿から“銀ぶら”ならぬ“七ぶら”。昭和初期の風物詩だった光景から生まれた言葉は今も尚この町に残っている…ここは古くから大衆の町なのだ。そんな場所だから自然と映画館や寄席、芝居小屋が集まり、呼び込みの声と“七ぶら”をする人々で昼夜を問わず活況を見せていた。そして戦後は県庁から安立寺へ向かって真っ直ぐ伸びる七間町には十数館を超える映画館が軒を連ねた市内最大の映画街となる。大正2年に常設映画館“パテー館”が創業してから一昨年は100年を迎え、市内のアチコチに“静岡市映画館100年”と銘打った記念イベントのポスターが貼り出されていた。昭和30年代には、市内に20館以上の映画館が建ち、七間町界隈は封切館、その周辺に二番館・三番館が点在するという構成となっていた。そんな時代に昭和通りを挟んで二つの興行会社が人気を二分していた。ひとつは松竹・日活系列の映画館を有していた静岡活動写真改め静活(株)。そしてもうひとつは、東宝・東映系列の映画館を経営する日本映画劇場改め日映(株)である。 |
「ちょうど“ゴーストバスターズ”をやっていた時なんか、静活さんでも上映されていて、入れ込みが重なると通りの向こうとこっちでメガホンで呼び込み合戦になるわけですよ(笑)面白いでしょう?今から思えばイイ時代ですよね」と、語ってくれたのは日映(株)で興行部長を務める森岡功樹氏だ。日映(株)が映画館事業を始めたのは今から80年前に遡る。読売を扱っていた森岡新聞店が映画館事業を始めて間もなく映画人気に火がついて本格的な映画館事業に乗り出したのが昭和16年。戦後、再び日本映画が最盛期を迎え、市内に10館以上の映画館を持つほどに事業を拡大。両替町にあった“日本映画劇場”を昭和30年頃に七間町へ移し、“静岡東宝劇場”と東映の封切館“静岡東映劇場”を設立(後に“静岡東映パラス”が加わる)すると、さながら当時の七間町は天然のシネコンといった様相を呈するようになる。「まさにお客様はぶらっと来て、映画館を眺めながらどれ見ようかな…と選ぶ感じでしたね。良かったのは数十館あった映画館がきれいに棲み分けが出来ていたんです」また、封切を見逃した人たちは二番館、三番館に回ったフィルムを追いかける…人が町を回遊する仕組みが上手く成り立っていたのだ。 “静岡東宝劇場”が、“キャノンボール2”をこけら落としとして、現在の複合ビル『静岡東宝会館』となったのは昭和56年のこと。“静岡東宝”、“静岡東宝プラザ”、“静岡東宝スカラ座”それぞれ300席以上の客席数を有する3館体制でリニューアル。コンクリート剥き出しの重厚な外観は現在も当時のまま、通りを行き交う人々の目を止める。その後、地下に“ヴェルデ東宝”という館名のミニシアター(現在は閉館)を増やして4館体制に。ちょうどこの時期は東宝アイドル映画路線が大当たりした頃で、「たのきんトリオや光GENJIの舞台挨拶の時は、徹夜組がブロックを二重に囲むほどの列を作ってしまい、夜中に警察から怒られたのを今でも言われます(笑)」と森岡氏は当時を振り返る。 |
「今までは専門館が集まっていたから人が来ていましたが、周辺の環境が変わり、買い物とか食事のついで…という選択肢が少なくなりました。だからこそ、ウチの劇場にピンポイントで来てもらえる何かが必要なんです」森岡氏が言う「何か」とは…そのひとつに、一番大きなスタジアム形式の“CINE1”を映画だけではなくライブを出来るような劇場にしようと構想を練っているという。「“CINE1”を映画以外にも週に2〜3回はライブが出来るようにしたいですね。今まで映画に来なかった人が集まる場所になればこの通りも変わってくると思うんです」そしてもうひとつ…上映作品についても従来の東宝系作品に加えて、シネコンで掛からないような作品を積極的に掛けていきたいという。「以前だったら考えられなかった“こんな映画もあったんだ!”という作品を紹介し続ければ、最初はお客さんが入らなくても、それが『静岡東宝会館』ならではのコンテンツとして集積されていくはず」そのためには、ある程度のリスクを背負ってでも自分が良いと思った作品を掛ける事もあるという。「結果が出なくて定例会議で責められる事もありますがね」と苦笑する森岡氏。「儲けとかを取りあえず置いといて、これをお客さんに観て欲しいな…という作品を組んでいる時が一番幸せですね。それで入ってくれれば言う事はないんですが」映画館を泣いたり笑ったりして気持ちを入れ替えるサプリメントのような場所にしたい…と最後に述べてくれた。(2014年9月取材) |
「多分、興行会社としては東宝さんと最も長くお付き合いさせていただいている劇場だと思います。両替町に劇場が在った頃は昭和20年代で最も映画が盛り上がった時期、そして現在まで上がり下がりの波は全て経験しているので、どれも感慨深いですね」東宝の看板を掲げて邦画・洋画問わず数多くの話題作を送り続けてきた『静岡東宝会館』だが、ここ数年で七間町通りにあった映画館も老朽化などの理由から姿を消し、今では唯一の映画館となってしまった。シネコンが進出して、邦洋画大作の拡大公開が主流になり始めた頃から棲み分けされていたバランスが崩れてしまったという。「4年ほど前からウチでも今までのようなキャパシティの映画館はもういらないだろう…という意見が出るようになりました」更にデジタル化が追い風となって、既存の劇場(“静岡東宝プラザ”を“CINE4”と“CINE5”、“静岡東宝スカラ座”を“CINE2”と“CINE3”に分けた)の分割・小規模化することで5スクリーンに増やして、徐々に作品の幅を広げてきた。ちなみに一番小さい“CINE3”だが、左右に広いスタジアム形式でスクリーンとの距離が近いながらも座席の背もたれについた傾斜が丁度良く、視界いっぱいに映像を楽しめるとファンには定評がある。駅から歩いて来れる商圏内にある強みからファミリーや年輩層が圧倒的に多い『静岡東宝会館』だが、近年その流れも変化しているという。
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【座席】 『CINE1』335席/『CINE2』264席/『CINE3』52席/『CINE4』129席/『CINE5』69席 【住所】静岡県静岡市葵区七間町12 【電話】054-252-3887 |