西武新宿線で新宿から1時間足らず…都心へ通勤・通学する乗降客が多い埼玉県・新所沢駅を降りてすぐのところに、白い壁とガラス張りの壁面が印象的な新所沢パルコがある。都内のパルコのようなエッヂの効いたファッションビルではなく、親しみやすさのある柔らかくオシャレな雰囲気を持つ施設は、近隣住民のランドマークとなっている。昭和58年6月、新所沢パルコに併設されている別館Let’s館の4階に3スクリーンを有する映画館『新所沢Let’sシネパーク』はオープンした。運営するのは、戦後の映画興行史にその名を刻む銀座にあった大劇場“テアトル東京”を設立し、現在に至るまで時代に合わせた数多くの個性的な映画館を作り続けてきた東京テアトル(株)である。






東京テアトルが運営する映画館には大きく二つの流れがあり、都心にある“テアトル新宿”や“ヒューマントラストシネマ渋谷”等のコンセプチュアルなプログラムでコアなファンを持つミニシアターと、住宅街にあるセゾングループの商業施設に併設される“キネカ大森”や今は閉館されてしまったが“パルコ調布キネマ”といった地元密着型のロードショウ館だ。特に後者は、地域に住む人々の生活拠点として利用される駅にある映画館…というスタイルが確立。それは、まだ日本にシネコンという上映形式が導入されるずっと以前の事…セゾングループが経営する、西友やパルコといった地元密着型の商業施設に併設された2〜3スクリーンで形成された小さなシアターで、買い物帰り気軽に地元で良質の映画を観ることが出来るステータスがある街…という礎を築いた。「ずっと都心の映画館で働いていたので、3ヵ月前に配属された時は、劇場スタッフとお客様の距離が近い事に、驚かされました」と、支配人の渡部健太氏は語る。学生時代からミニシアターでバイトをして、東京テアトルに入社してからも勤務地が都内だったため、それまでの客層との違いに、最初は戸惑いを覚えたという。





地元のフリーペーパーで、ハガキとWEB両方で募集をかけたところ、殆どの応募がハガキで、当日もかなり高い回収率で幕を上げた。「終わった後、一斉に拍手が起こったんですよ。帰る時に“すごい良かったです。ありがとうございました”って声をかけてくれて…こうしたリアクションは都内の劇場では体験出来なかった事です」勿論、中には厳しい意見もズバリ返えされる事もあるが、全てにおいて初体験だったと語る。「お客様との距離感が近い事が、ローカル館の魅力だと思います。そこを更に強めて行ければ…本当の地元密着型映画館になるんでしょうね」移動のたびにテアトル系列の映画館には色々な顔があると実感したという渡部氏。お客様の層が違えば、映画館の運用や番組も地域に合わせて変わるものだ。だからテアトルグループの映画館は統一したマニュアルで対応出来るものではない。どちらかというと映画館が劇場のイメージを確立するというよりも、お客様と共に劇場のカラーが作り上げられた…という印象がある。「確かにその通りなんです。“キネカ大森”も劇場が試行錯誤しながら、お客様と一緒に現在のスタイルを確立させた…それじゃあ、『新所沢Let’sシネパーク』は、どういった劇場が良いのか?地元密着型と一口に言っても、そこがすごく難しい。密着するには、地元の事を良く知らないといけないですからね。来たばっかりの僕が、どうやってアプローチして行けば良いのか…それが当面の課題です」

「都内のミニシアターでは、多くの人に作品をどうやってアピールしていくか…ばかりを考えていました。でも、ココでは広いお客様の層ではなく、狭くても地元の方50人に愛される劇場を目指す事が大切なんだ…と感じたのです」今までは、会社帰りのOLや、今日はこの映画を観よう!という意気込みで訪れるコアな映画ファンが中心の劇場に配属されていたが、『新所沢Let’sシネパーク』を訪れるメインのお客様は、近隣に住んでいる年輩の方や、小さなお子様連れのお母さん…電車に乗れば、池袋や新宿まで楽にアクセス出来るのに、皆さん同じ映画を観るならばココを選ぶ人たちばかり。「年輩のお客様にとっては、その距離も煩わしかったり、お母さんとしては人の多いところに子供を連れて行きたくない。だからウチを選んでいただいているんです」渡部氏が顕著に感じた違いは、スタッフに返されるお客様のリアクションだったという。「映画館という場所は、お客様が目の前にいるというのが他の映画の仕事と最大限に違うところ。子供はすごいですよ(笑)映画が終わると我々スタッフをつかまえて、“凄かったよ!面白かったよ!”って興奮して話しかけて来る」勿論、子供に限らず、年輩のお客様も映画の感想や、劇場のサービスについての意見などを伝えてくれる。「所沢に来て良かったと思うのは、こうしたお客様の声がダイレクトに伝わるところです」印象的だったのは、大沢たかお主演作“風に立つライオン”の先行試写会開催時のこと。






それでは、お客様に喜ばれる劇場となるには、どうすれば良いのか。今もブラッとやって来て、どんな映画をやっているの?と聞いてから興味があれば観る…というお客様も多い。「ツイッターとかFacebookで告知をしても、ココのお客様にその声が届くか?という事なんです。もしかすると手書きの紙の方が有効かも知れませんよね」だから、ロビーには現在上映している映画の見所を瓦版風に掲示しており、これが年輩のお客様の心を捉えている。都内よりも圧倒的に多いのが、これってどんな映画なの?というお問い合わせの数。タイトルもうる覚えのおばあちゃんが一生懸命スタッフに伝えて、ようやく意思が伝わる。そういう人たちがどんな基準で映画を観にきているのかを考えて、それに合わせた情報の発信の仕方を見いださなくてはならないと渡部氏は述べる

作品としては東宝とワーナーをメインに単館系も上映している。ここ十年の上位にランキングされる作品は、圧倒的にジブリ作品が強く、車を使わないお母さんが子供と一緒に訪れる劇場の特徴が現れている。また、今年からの新しい試みとして、過去の名作を上映する「シネパス」をスタート。仕掛人のキネマ旬報が中心となって、各配給会社が権利を持っている映画を上映しよう…といったもの。「“キネカ大森”でも名画座をやってお客様が根付いた…という実績もありましたので、地元の方々が懐かしんで足を運んでもらえたら…という思いから第一弾として始めました」第一弾のラインナップとしては、“シザーハンズ”のような90年代から、“裏窓”や“フレンチコネクション”といった古い名作まで馴染みのある作品をチョイス。「初めてなのでお客様に浸透していなかったのか、動員的には厳しいスタートでしたが、まずは続けて行きたいですね」また、都内で上映が終わってしまった作品も上映してくれるので、見逃してしまったファンや、前評判を口づてに聞いたお客様から重宝がられている。「“おみおくりの作法”も都内で大ヒットして、これはやりたいなと思っていたので、一ヵ月遅れてのスタートになりましたが、年輩の常連さんが都内に行かずに待っていてくれたのは嬉しいですね。近くでこんな映画もやっているんだ…と、商圏としては狭いかも知れませんが、地元の人々がブラッと来てくれる映画館にしたいです」コチラではテアトルグループのメンバーズカードの他に、『新所沢Let’sシネパーク』オリジナルのシネマクラブという会員組織がある。3000円の入会金で招待券が3枚プレゼントされ(実は、この時点で元は取れているのだが)年二回で元が取れるお得なサービスだ。「6ポイント貯まると1回無料なので、常連さんの中には5〜6枚目のカードですって、言われる方もたくさんいらっしゃいますよ」




駅から歩いてくると、建物の側面に映画名が入った看板が掲げられている回廊が続き、その行き止まりには吹き抜けの開放的なモールが広がる。ここは、訪れた人々の憩いの場であり、子供たちの春・夏休みシーズンになると、公開されるアニメ作品の着ぐるみイベント会場としても使われている。卒業シーズンになると、“ドラえもん”などには団体鑑賞会の予約や、幼稚園や小中学生の子供会の貸し館が多くなる。エレベーターで4階まで上がり、チケット売り場と売店だけの至ってシンプルなロビーで、入場券を購入してアナウンスがあるまで待つ。入場口と客席扉の間にも小さなホワイエがあり、場内へ進むとワンスロープで天井が高い空間が広がる。「施設が出来てから30年以上経っているので、新しく出来たシネコンと比べられるとハードの面では敵わない事も多いかも知れません。でも、番組に関してはメジャー作品だけではなく、小さな作品にも目を光らせて、地元で色々な映画を観る事が出来る場所でありたいですね」(2015年2月取材)

【座席】 『レッドスポット』264席/『グリーンスポット』200席/『イエロースポット』185席
【音響】 SRD

【住所】埼玉県所沢市緑町1-2-1 新所沢パルコLet's館4階 【電話】04-2998-8000

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