一流のブランドショップが次々とオープンし、賑わいを見せる東京の銀座・有楽町から晴海通りを真っ直ぐ歩いて10分ほど―敷地面積約23万平方メートル(東京ドーム約5つぶん)という広大な広さを持つ中央卸売市場“築地市場”がある。水産・青果合わせて約900の仲卸業者が登録されている“日本の台所―築地市場”は、元々埋立地(名前の由来は「地」を「築く」…という意味)であり、元和3年(1617年)大火で焼失した本願寺の再建に伴い、八丁堀の海を埋め立てて土地を築いた事に単を発する。

 マグロを始めあらゆる魚介が集まる“築地市場”には、1日に2000トンもの海産物が取引されている、世界一の魚市場である。そんな、常に活気溢れる築地を舞台にしたのが松原信吾監督による『築地魚河岸三代目』。殆どといっても良い程、築地市場でロケを敢行。主人公・旬太郎を演じる大沢たかおは、築地の場内から場外は勿論、勝どき橋を渡って佃島から、銀座方面の歌舞伎座に至るまで近隣を縦横無尽に走り回る。これまでにも映画の舞台として使われて来たが高倉健主演の『日本侠客伝関東篇』は、オールセットながらも明治時代の築地の雰囲気を再現していた。

 ちなみに映画に出てくる“波除稲荷神社”は、築地場外の海幸橋門にある神社。埋め立て工事中に堤防を築いても激波にさらわれていた所に海面を漂っていた稲荷大神の御神体を発見。それを祀ったところ、波風がおさまり、埋立が無事終了したという言伝えが残されている。


 築地の前身は江戸時代に始まる“日本橋魚市場(通称・魚河岸)”である。現在も日本橋のたもとには「魚市場発祥の記念碑」が建っている。大正12年(1923年)9月1日に起こった関東大震災で日本橋魚河岸も壊滅状態となった。その後、震災の被害にあった築地の海軍技術研究所に市場を移転する計画が実現。昭和10年(1935年)に中央卸売市場“築地市場”として再建されたのである。

 築地の朝は早く、ほぼ24時間稼働していると言っても良い程。全国の港から夕方の5時から夜中にかけてトラックで続々と市場に集まってくる魚は「仲卸業者」や「売買参加者」によって、午前3時にセリや取引の準備が始まる。毎朝5時から行われるセリが開始。競り落された魚は各「仲卸業者」の店舗に運ばれ、そこで初めて魚屋や料理屋の人たちに向けて売られる品物として店頭に並べられる。勿論、場内の店舗は全てプロを対象にしており、一般客は見学は出来ても購入するのは場外となっている。(『築地魚河岸三代目』パンフレット、築地市場オフィシャルサイトより抜粋)

中央卸売市場 築地市場
東京都中央区築地5-2-1
休場日:日曜・祝日・水曜不定休
築地市場オフィシャルサイト
築地場外オフィシャルサイト

 



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