「今こうして、江戸川の土手に立って生まれ故郷を眺めておりますと、何やらこの胸の奥がぽっぽと火照ってくるような気がいたします。」という渥美清こと車寅次郎のモノローグから始まる『男はつらいよ』。48作品製作されたシリーズの程んど…といって良い程、タイトルバックは、生まれ故郷―柴又に戻って来た寅次郎が、江戸川の土手を歩く姿から始まっている。柴又駅から帝釈天参道にある“とらや”に帰るならば、ほぼ直線コースで商店街を抜けてすぐなので、江戸川を歩く必要は無いのだが、きっと寅さんは、故郷に帰ったならば、江戸川を見なければ帰った気がしないため、あえて遠回りしていたのかも知れない。

 江戸川は、茨城県猿島郡五霞町と千葉県野田市の境界付近にある関宿分基点で利根川と分かれ、千葉県と埼玉県、東京都の境を南に流れ、千葉県市川市付近で本流である江戸川放水路と旧流路である旧江戸川に分かれ、江戸川放水路は行徳可動堰(江戸川河口堰)を通り、東京湾に注いでいる。

 ちょうど葛飾付近は対岸が千葉県松戸市で細川たかしの歌で有名な渡し舟“矢切の渡し”の船着き場があるので有名だ。渡船の料金は大人100円となっており、矢切の渡しと柴又の帝釈天界隈は、環境省の「日本の音風景100選」に選定されている。江戸川では、現在でも天然うなぎが捕れるほか、河口付近は、三番瀬など東京湾でも数少ない干潟が広がる地域でもあり、トビハゼの北限生息地となっている。そのため、帝釈天参道や柴又界隈には川魚を出す老舗料亭が、今でも多く存在している。


 その、江戸川の土手を歩く寅さんは、そこでちょっとした事件を起こしながら“とらや”に戻ってくるのがお約束となっている。記念すべき第1作目の冒頭は、その“矢切の渡し”に乗って帰って来るところから始まる。舟を降りた寅さんがショートゴルフ場を突っ切る際に、グリーンの上をホールに向かって転がるボールを親切のつもりでチャッチしてゴルファーに投げ返してやる有名なシーンがある。他にも、絵を描いている人の邪魔をしたり、野球場から飛んで来たボールを取り損ねて、カップルに当ててしまったりして、大概は揉めてしまうのだ。シリーズ後期ともなると土手でマラソン大会が開かれるシーンが登場して、そこを通りかかった寅さんが給水場で水を飲んでお金を払おうとするのが面白かった。

 江戸川のシーンで印象的なのは『続男はつらいよ』で、恩師である散歩先生が「江戸川の鰻を食べたい」と寅さんにお願いしたため、ずっと川に糸をたれ、遂に釣れた時、夕焼けの土手をマドンナと共に喜びながら走って行くところだ。また『望郷篇』では、定職に就こうとする寅さんをどこも雇ってくれないため、川に浮かぶボートでふて寝をしていると浦安まで流されてしまった…というエピソードも童話的で江戸川のイメージに合っていた。江戸川は別れの場所として多く使用されており、マドンナにフラれては土手に源ちゃんと共に寝転んで、さくらが家から鞄を持って来る。そして、寅さんに『お兄ちゃん、お金持ってる?」と聞き、お金を財布に押し込むのだ。今でも当時の面影を残す江戸川は訪れる人々を優しく迎えてくれる風情を漂わせている川である。

 



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