神社の境内から転げ落ちた男女の精神が入れ替わり、隣町の女子高生は時をかける能力を身に付け、写真から抜け出した道化師のような女の子が風に吹かれて町中を飛び回る…大林宣彦監督の尾道三部作を観た時に、「この町(大道は街という漢字よりも町がシックリくる)に行きたい!」と思った映画ファンは何人いたことか。映画の中に登場する尾道は観光地とは程遠い、小さな路地が山の傾斜に出来た家々を縦横無尽に走っている田舎町だ。なのに、何故、こうも尾道は多くの人々を魅了し惹き付けてきたのだろう。それは、手付かずの昔ながらの風景がそこに残っているからで、いつの間にか日本にはそういった風景が少なくなっていたという寂しい現実があったからだ。カランコロンと石畳を歩く下駄の音が石壁に反響して、入り組んだ路地を曲がると三つ編みで浴衣姿の少女が立っているような…そんな錯覚に今でも陥る。

 だからと言って、決して時が止まったような…という形容が当てはまる町ではない。そこには現在を生きている人々の息吹がしっかりと根付き、通りを歩いていると家の中から今晩の煮物の薫りが漂ってくる。時代が変わり、新・尾道三部作になると尾道には近代的なホールやオシャレなカフェが登場する。それは、前シリーズで観光客が大挙押し寄せた観光景気による恩恵とでも言おうか、『転校生』の頃に見た町の風景とは異なる姿を大林監督は意図的にカメラに収めていたようにも思える。


 JR尾道駅を降りて真っ直ぐ進み、尾道水道を右手に見ながら尾道市役所方面へ向かって歩く。夏場は潮風が心地よく、向島を行き交う連絡線のポンポン…という音と海鳥の声をBGMにゆっくりと歩く。そう、尾道を歩く時は、ゆっくりと…が基本。魚が豊富だからだろうか、丸々とした毛並みの良い猫と何匹もすれ違う、尾道は猫の町でもあるのだ。本来ならば時間を気にせず歩きたいところだが、下手すると制限無く歩き続け、帰りの電車に間に合わなくなる危険が伴うので、散策する計画はしっかりと立ててから行動することをおススメする。市役所からおのみち映画資料館を左手に見つつ、更に10分ほど歩き進めると小津安二郎監督『東京物語』で笠智衆と原節子が朝焼けの中、港を見る浄土寺に突き当たる。ここを折り返し地点として再び(今度は山陽本線沿いの国道2号線を)駅へと戻る。長江口付近には大小20近くもの神社仏閣が建ち並び、長久の歴史に触れてみるのも良いだろう。長江口の近くにあるロープウェイで千光寺山に上がると尾道から向島…遠くには尾道大橋まで一望できる。ここで『ふたり』の主人公を演じた石田ひかりが尾美としのり扮する年上の男性に仄かな恋心を抱く名シーンが撮影された。

 もし、旧尾道三部作の息吹を感じたいのならば線路を越えて山沿いに立つ家々を縫うように走る路地を歩くのがおススメ。だんだんと道幅が狭くなり心細くなりかけた所で突然道が開けたり、密集した家と家の間から港と向島が見えたりするのがたまらない。ただし、気をつけたいのは観光客としてのマナーを守ること。実際に人が生活している家の軒先で大声を出したりゴミのポイ捨て等が一時期問題となり、実際に『時をかける少女』のロケで使われたタイル小道の近隣では住民と心無い観光客との間でトラブルにまでなったという。本当は、映画のロケ地探訪なんてして汚さずにそっと遠くから見守っている方が良いかも知れない。

 



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