江戸屋敷の奥に勤めることになり、別れを告げにやって来たふくを追いかける文四郎が待ち伏せしていた不良たちに絡まれた場所でもあった。ふくを演じた佐津川愛美が映画デビューとは思えない素晴らしい演技を披露し、印象的なシーンとなった。撮影から数年が経過しているため鳥居の前には鬱蒼と雑草が生い茂っているが、現在でもその場所に立つと映画のワンシーンが甦ってくる。夏の終わり…稲穂が青々と実る玉川には確かに日本の原風景が存在していた。

 そこから20分ほど車を走らせた場所にある『庄内映画村 オープンセット』には牧助左衛門の住居である普請組・組屋敷のセットが移築保存されている。黒土監督は、「ゼロからセットを組み上げること」にこだわり、東宝スタジオで準備された建材を山形に運び込み、仕上げにかかるという大掛かりな取り組みを敢行。建築物だけではなく、道端に生える雑草の数々まですべてが計算を元に植え込む…という完璧なロケーションセットを目指し作業に取り組んだ。庄内地方の四季がセット美術と融合して本作を名作へと高めたのだ。

 藤沢周平の出身地・山形庄内地方でロケーション撮影と大掛かりなセットを組んで撮影された時代劇『蝉しぐれ』。日本の原風景を描き上げた『蝉しぐれ』の完全映像化にむけ、黒土三男監督は10年以上の歳月をかけて、自ら日本全国にまたがるロケハンを行い、最終的に選ばれたのが山形の名山といわれる金峰山、母狩山、月山、鳥海山が一望に見渡せるこの地だった。物語は15歳の少年・牧文四郎が尊敬していた寡黙ながらも実直に生きる父が、ある騒動に巻き込まれ切腹させられながらも、父を恥じることなく懸命に生きてゆく姿を描いている。若き日の文四郎を演じるのは石田卓也、父・助左衛門を緒形拳が重厚感溢れる素晴らしい演技を披露する。

 前半は少年時代の文四郎と父の絆を主軸にして、同時に幼なじみのふくとの間で交わされる仄かな恋心が描かれているが、助左衛門が切腹をする事となり、文四郎の身を案じたふくが田園の中に立っている祠にお参りする印象的なシーンが撮影されたのが山形県鶴岡市羽黒町にある実際の畑。



 



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