自虐の詩
こんなアタシでもアンタがいる!奇跡のどん底ラブストーリー

2007年 カラー ビスタサイズ 115min オフィスクレッシェンド
製作総指揮 迫本淳一 原作 業田良家 監督 堤幸彦 脚本 関えり香、里中静流 撮影 唐沢悟
照明 木村匡博  美術 相馬直樹  編集 伊藤伸行 音楽 澤野弘之 録音 鴇田満男 主題歌 安藤裕子
出演 中谷美紀、阿部寛、遠藤憲一、カルーセル麻紀、名取裕子、西田敏行、ミスターちん、
蛭子能収、島田洋八、松尾スズキ、Mr.オクレ、佐田真由美、アジャ・コング、斉木しげる、竜雷太


 堤幸彦×中谷美紀といえば、『ケイゾク』。堤幸彦×阿部寛といえば『トリック』。乗りに乗った3人の、最強のコラボレーションで作られた映画が本作『自虐の詩』だ。原作は、「週刊宝石」で1985年〜1990年まで連載された業田良家の4コマ漫画である。哲学的な深い人生観を描き「日本一泣ける4コマ漫画」と大絶賛された伝説の作品だ。舞台は大阪・通天閣を見上げる下町。『嫌われ松子の一生』で数々の映画賞を独占した中谷美紀が、くすんだ服、ノーメイク、鼻の脇には黒子のある幸江を生き生きと演じ、松子とはまた趣きを異にした全く新しいヒロインを作り出した。イサオを演じるのは『バブルへGO!』、『大帝の剣』などで、弁の立つラテン系伊達男を演じてきた阿部寛。無口で乱暴者、パンチパーマのイサオという、これまた全く違った役柄に挑戦している。そして、幸江とイサオを取り巻くバカバカしいまでにバイタリティに溢れた人間たちにカルーセル麻紀、遠藤憲一、西田敏行が起用され、あたふたとした姿は笑いと同時に愛おしさすら感じさせる。堤幸彦版「平成・夫婦善哉」である本作のラストに流れる安藤裕子の主題歌「海原の月」の心地よい曲が物語に一層の深みをもたらすであろう。笑いあり、涙ありの怒涛のエンターテイメントがここに誕生した。


※物語の結末にふれている部分がございますので予めご了承下さい。
 大阪・通天閣のふもと。ひなびたアパート「パンション飛田」では、今日もいつもの音が響く。イサオ(阿部寛)がちゃぶ台をひっくり返し、幸江(中谷美紀)が作った食事が四方八方に散らばる音だ。無口な乱暴者で酒飲みのイサオは、ギャンブルに明け暮れている。そんなどうしようもない男に尽くす幸江の不運と貧乏は、今に始まったことではない。物心つく前に母が家出し、男手一つで幸江を育てた父・家康(西田敏行)は、借金まみれだった。ある日、家康が愛人と新婚旅行に行くために銀行強盗をして捕まってしまう。そんな青春時代を過ごして来た幸江。今日もイサオのちゃぶ台返しは続く。しかし、見かねた隣に住む後家のおばちゃん・小春(カルーセル麻紀)に別離を薦められようとも、幸江が働く食堂・あさひ屋のマスター(遠藤憲一)にプロポーズされようとも、幸江はイサオと一緒にいられるだけで幸せだった。一度は真面目に働こうとするイサオだったが、暴力沙汰を起こしてしまう。そんな折り、医者から妊娠3ヶ月であることを告げられた幸江は、喜んでイサオに報告するのだったが、イサオは黙って部屋から出ていった。失意の中、身重の体で働き続ける幸江は、ある日歩道橋から落ちてしまい生死の間を彷徨う。夢の中で少女時代を振り返る幸江…貧乏だった彼女を支えてくれた同級生の熊本さん。そして、中学卒業と同時に上京して娼婦として生計を立てていた幸江の前に現われたヤクザのイサオ。子供の頃から愛を求めていた彼女を初めて心から愛してくれたのがイサオだったのだ。そして目を開けた時、幸江の前にイサオの姿があった。


 その人間が不幸なのか幸せなのか…その線引きはどこで決まるのだろうか?この映画に出て来る主人公・幸江の青春時代はあまりにも悲し過ぎて笑うしか無い。台風の中、新聞配達をしている矢先に雷が側に落ちて自転車ごとひっくり返り、やっとの思いで販売店に帰り店主からもらった牛乳と饅頭でささやかな幸せを噛み締めたのもつかの間、もらった新聞の一面に銀行強盗をした父の顔が出ている。あまりにも矢継ぎ早にどん底に落ちてゆく主人公は、この先どのような人生を送るのか?“嫌われ松子の一生”以来、またしても不幸に付きまとわれた女性を熱演する中谷美紀は、以前にも増して吹っ切れた演技を披露してくれる。不幸な割には意外とクールで、バイトをしている食堂の主人から特別ボーナスをもらってもプロポーズの言葉は耳に入らなかったりする。そんな太々しい女性を楽しそうに演じている中谷美紀は大好きだ。自分の思う方向に進まなくても一生懸命生きているさまが何故か彼女によく似合う。すごくキレイな顔立ちなのに、あえてブスに見せるところが出来る女優って、実は数少なく、日本広と言えども中谷美紀を置いて他にはいないであろう。そして、イイ男俳優から脱皮して怪優とまで称され、今や大いに弾けまくっている阿部寛がパンチパーマ姿で登場したならば、あまりにも完璧すぎる出立ちに、笑いよりも先に感心してしまう。しかも、事ある毎にちゃぶ台をひっくり返す傍若無人の暴れん坊ときたら、何も言う事は無い。さすが二人を共演させたのが、テレビシリーズで各々一緒に仕事をしてきた堤幸彦監督だけの事はある。
 毎回、不幸のどん底に落とされる主人公・幸江を描いた業田良家の4コマ漫画を見事に映像化してしまった堤幸彦監督のセンスは素晴らしい。超スローモーション(ハイスピード撮影)とCGで迫力ある(?)ちゃぶ台返しを見せる事にこだわりながら、舞台を通天閣の下、新世界から飛田といった、かなりマニアックでディープな場所でロケーション撮影を敢行したり…。最先端の技術とアナログの世界をキチンと使い分けて、原作の世界感を崩さないどころか広げてしまうところに映画人としての裁量を感じる。ただ、4コマ漫画を断片的につなぎ合わせるのではなく、その間に映画的なオリジナリティー溢れる映像を挟み込んで行く。ここが映画としてのクオリティが試されるところで堤幸彦監督は、そこを大きく膨らませて独自の世界へ引きずり込んで行く。例えば、風景のショットひとつ取っても路地の向こうに見える通天閣や、気仙沼港に見える漁船であったり…主人公たちのキャラクター性を邪魔せず、それどころかしっかりと補っているのが凄いのだ。こうした風景をバックにハラハラしながら二人を見ていると、いつしか笑いながら大きく頷いている自分に気付く。主人公の二人に笑って泣いてホッとして…を繰り返すうちに、この映画のように人間の人生は、その繰り返しなのかもなぁ〜と思うのだ。

「幸や不幸はもういい…どちらも等しく価値がある」このセリフは幸せを求め続けた幸江の結論。幸せというのは人によって様々なのだ。時に不幸が人間にとって素晴らしい何かを与えてくれる事もあるのだ。




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