転々
歩けばわかる、やさしくなれる。
2007年 カラー ビスタサイズ 101min 葵プロモーション
製作 辻畑秀生、宮崎恭一、大村正一郎 原作 藤田宣永 監督、脚色 三木聡 撮影 谷川創平
照明 金子康博 美術 磯見俊祐 編集 高橋信之 音楽 坂口修 録音 瀬谷満
出演 オダギリジョー、三浦友和、小泉今日子、吉高由里子、岩松了、ふせえり、松重豊、
広田レオナ、岸辺一徳、風見章子、石原良純、鷲尾真知子、笹野高史、麻生久美子、津村廣志
東京を歩いて100万円。井の頭公園をぶらぶらと出発、目的地はぼちぼちと霞ヶ関。到着期限はナシ―。もはや社会現象と化した深夜枠の大人気テレビドラマ“時効警察”シリーズを監督した三木聡と主演のオダギリジョーのコンビによる長編映画。直木賞作家・藤田宣永の同名小説を原作に三木聡が脚本も手がけ新たな三木ワールドを展開している。オダギリジョー扮する借金まみれの大学8年生に加え、もう一人の借金取りの主人公に三浦友和を迎え、さらに小泉今日子、岸部一徳など豪華なキャストが脇を固めている。また、時折インサートされる三木監督の常連俳優陣―岩松了、ふせえり、松重豊が三木ワールドを盛り上げている。
※物語の結末にふれている部分がございますので予めご了承下さい。
大学8年生の竹村文哉(オダギリジョー)は、幼い頃に両親に捨てられて、さらに育ての親は逮捕されてしまいひとりぽっちで東京の安アパートに住んでいる孤独な男だ。いつの間にかこしらえてしまった借金は84万円となり、返すあてもない文哉は頭を抱えていた。返済期限の前日、文哉の元に借金取りの福原(三浦友和)がやってくる。どうせ返せるあてなどない文哉に向かって福原はある提案を持ちかける。それは、吉祥寺から霞ヶ関まで散歩に付き合えば報酬として100万円くれるという。期限は福原が満足するまで…選択肢のない文哉は一抹の不安を覚えつつも福原の散歩に付き合う事にした。文哉が散歩の理由を尋ねると「妻を殺したから霞ヶ関の警視庁まで自首しにいく」という意外な答えが返ってきた。円満の夫婦生活を送ってきたはずだったが、妻の浮気を知り、カッとなって殺してしまったのだ。最初は戸惑った文哉だったが、次第に福原の気持ちが理解出来るようになってくる。散歩も4日目を迎えた頃、二人は福原の知り合い真紀子(小泉今日子)の家を訪れる。そこで一瞬だが家族のような日々を過ごした文哉の心が変化する。福原に自首を思い留まるよう説得する文哉だったが福原はまるで散歩の延長のように警視庁に入って行くのだった。
こんな三浦友和は初めて見た。妻を殺してしまった借金取りが、警察に自首する前に想い出の東京を霞ヶ関まで納得がいくまで散歩する…借金のカタにその散歩に付き合わされるフリーターの若者オダギリジョーを巻き込んで井の頭公園からあちこちを歩き回る。ただ、それだけの映画なのだが、とにかくこれが面白い!東京に住んだ事がある人間ならばその面白さは倍増するに違いない。特に筆者はあてのないウォーキングが大好きなだけに、本作の企画にまんまと乗ってしまったわけだ。その途中で出会う人々との交流…と、いうよりも主軸になるのはあくまでも場所っていうところが単純で面白いのだと思う。結構、各々の場所に変な曰く付きの都市伝説みたいなものがあったりして、それらを適度に盛り込みながら二人は霞ヶ関へ向かって歩いてゆくのだ。「あっ、ここ知っている!」なんて場所が出てくると思わずニンマリしてしまう。スタートして間もなく吉祥寺公園入口にある焼き鳥屋の“いせや”で焼き鳥を買い食いするシーンで「そうこなくっちゃ!吉祥寺ならあそこだよね!」などとウンウン頷きながら次のシーンが待ち遠しくなってくる。ただ、まだ三浦友和が何故散歩をするのか?が明らかにされておらず、ミステリアスな部分も残しながら物語は進行してゆく。カメラが二人の目線に合わせているおかげで、観ている側も二人と一緒に散歩している感覚になれるのが良い。
三木聡監督の緊張感をあえて排除したのではないかとすら思える程ナチュラルな二人の主人公に、妻殺しというとんでもない事件が背景にあるにも関わらずドロドロした雰囲気になっていない。どうして妻を殺したのか?その死体が見つかる前に自首しなくては自首にはならないというタイムリミットを途中から付け加える事で、軽く緊張感が生まれたり…と、物語の味付けを適度に変えるタイミングも上手い。妻が働いていたスーパーのお馬鹿な三人組(岩松了、ふせえり、松重豊)のやりとりが要所要所で挿入されるのも絶妙。エッセンスとしての効果は満点だ。本編に直接関係ない場面が程よい箸休めになっており、だからであろうか…重く人生を語るような堅苦しさを感じさせない。中央線沿線を都心部に向かって歩いて行くうちに少しずつ明かされていく妻殺しの真相だったり、オダギリジョーの幼い頃の話しだったり…山手線内に入ると小泉今日子が参入するなどテンポとタイミングの良さに感心しっぱなしであった。しかも、小泉今日子と三浦友和の関係は、かつて結婚式の人数合わせのバイトをやっていた時に夫婦を演じた縁で現在も親交が続いているというのも可笑しさの中に東京という大都市の中にある孤独な寂しさを感じさせる。この映画は東京を舞台にしていながら、テレビに出て来るような華やかな場所は一切登場しない。むしろ、東京の影(裏路地とか空き地とか…)にひっそりと佇んでいるような商店街や安ホテルを舞台にして、そこでそれなりに、そこそこ人生というものを適度に楽しんでいる人々を描いている。六本木ヒルズに暮す人々を勝ち組というのであれば、本作に登場する人々は負け組なのか?いやいや、本作を観ていると自分の手が届く範囲で幸せを噛み締める方が楽しい…勝ち負けなんか関係ない…という気にさせてくれる。エンディングのクレジットが流れると、なんだか東京お散歩マップ片手に歩きたくなってくる。そんな人生と街の姿が優しく融合した映画なのだ。
オダギリジョーが昔住んでいたアパートを訪ねた時の三浦友和のセリフ。「今、東京の想い出の場所の半分はコインパーキングになっている」そうだよね。確かにそうだ…。