シネマの天使
映画館で泣き、笑い、ドキドキして、知らない世界に憧れた。

2015年 カラー シネマスコープサイズ 94min 東京テアトル配給
監督、脚本、編集 時川英之 製作総指揮 益田祐美子 エグゼクティブプロデューサー 福岡慎二
企画 酒井一志 プロデューサー 尹美亜 撮影 今井俊之 音楽 佐藤礼央 照明 小田巻実
録音 小原善哉 美術 部谷京子 衣装 小里幸子 ラインプロデューサー 塚村悦郎 助監督 松尾崇
出演 藤原令子、本郷奏多、阿藤快、岡崎二朗、安井順平、及川奈央、小林克也、横山雄二、那波隆史
佳村さちか、西田篤史、國武綾、高尾六平、末武太、ミッキー・カーチス、石田えり

2015年10月30日広島先行公開 11月7日より全国公開
(C) 2015シネマの天使製作委員会


 本作の舞台となった映画館は122年続いた、広島県福山市にあった日本最古級の映画館『シネフク大黒座』。取り壊しが決まった劇場の雄姿を何とか映像に残したい…という劇場関係者の熱い思いに、広島県在住の映画監督・時川英之が応え、誕生した。撮影終了前に重機が劇場内に入って来る姿がエンドロールに収められており、ギリギリのスケジュールを塗って撮影された。ヒロインには透明感溢れる『ももいろそらを』の新進女優・藤原令子が等身大の役柄をひたむきに演じる。その相手役には『進撃の巨人』など話題作に次々と出演している若手ナンバーワンの実力派・本郷奏多。そして、石田えり、ミッキー・カーチス、阿藤快など個性的なベテラン俳優陣が脇を固めた。さらに広島県出身の及川奈央、広島でカリスマ的な人気を誇るDJ・横山雄二ら地元広島キャストも集結した。


※物語の結末にふれている部分がございますので予めご了承下さい。
 老舗映画館の大黒座が閉館することになった。そこで働き始めたばかりの新入社員・明日香(藤原令子)は、ある夜、館内で謎の老人に出会うが、彼は奇妙な言葉を残し、忽然と消えてしまう。明日香の幼馴染みのバーテンダーのアキラ(本郷奏多)は、いつか自分の映画を作りたいと夢見ている。大黒座の女性支配人(石田えり)は、閉館への反対を押し切って気丈に振る舞っていた。泣いても笑っても、もうすぐ、大黒座は無くなってしまう。劇場の壁という壁が、町の人々が書いたメッセージで埋まって行く。そして遂に閉館の日。スクリーンに最後の映画が映し出されると、明日香の前に、あの謎の老人が再び現れる。その老人の後を追った劇場スタッフがその先に見たもの…長い年月の間、人々に愛されてきた映画館が、最後にくれたサプライズがあった。


 今から7年前、私が運営するサイト『港町キネマ通り』の取材で広島県福山市にある120年以上も続く映画館『大黒座』を訪ねた事があった。駅前からブラブラ歩いて6〜7分程の適度な距離感が心地よかった町の映画館だ。劇中でも語られていたが、増改築を繰り返した施設の内部は、階段が蜘蛛の巣のように張り巡らされ、まさに迷路のようになっていた。学生時代に宝塚劇場でバイトをしていた時、舞台裏や楽屋が入り組んでいて、まことしやかに開かずの楽屋があるという噂を耳にした。どこでも同じ都市伝説まがいのものがあるもんだ…と微笑ましく思った。広島県民は映画館に対して独特の愛着を持っているようで、古い映画館を、まるでお気に入りの洋服を大切にするように、シネコンが出来たからと言って、簡単にポイっと棄てる事はしないのだ。そうやって愛され続けてきた映画館も施設の老朽化によって、いよいよ幕を下ろす時がやってきた。本作は『大黒座』が閉館するまでの数日間、従業員や町の人々が消えゆく映画館に対する想いを描いた物語である。
 滅多にマスコミ向けの試写には行かず、レビューを書くのも映画館で一般の観客と一緒に観てから劇場の雰囲気を味わいながら…を信条としていた筆者だが、この映画に関しては映画に携わる人と一緒に観たいという気持ちが先に立ち、東京テアトルの試写室で観た。関東を襲った記録的な豪雨の中、10分前には満席となっていた事にも驚いたが、ラスト近くで、アチコチから鼻をすする音が聞こえてきたのには、やはり映画の作り手と送り手にとって感慨深いものがあったのだろう。これは一般の観客とは、また違った感情で、試写室で観る判断は間違っていなかった…と思った。
 藤原令子演じる明日香という女の子は、閉館が決まった『大黒座』に新入社員として配属され、劇場の最後に立ち会うことになる。彼女の映画に対する思い入れは人並みで、携帯でも映画を観られるのに、映画館にわざわざ行かなくても…と思っている。だから、なぜ映画館が閉館されることに街の人が騒いでいるのか、今ひとつピンと来ないでいるのは多分、平均的な意見であろう。時川英之監督が前作『ラジオの恋』で、広島のカリスマDJが、今のご時世、ラジオなんて聴く奴がいるんだろうか?…と自問する姿と、被さってくる。ある日、彼女が、年輩の男性常連客が女性ものの腕時計をしているのを見てハッとした表情を見せるシーンがある。観客も認知症?…と思う。ところが、老人は亡き妻といつも一緒に通っていた映画館で、妻が大事にしていた腕時計を付けて今でも一緒に観ていたのだ。映画館とは思い出が宿っている場所なのだ…と気付くシーンが泣かせる。
 ある日、テレビの取材で昔の写真を整理していると、撮影した年代が違う(映画館の看板に描かれている作品で年代が分かるというのが憎い)のに同じ老人が写っていることに気づく。で、これは映画館にいる天使ではないか?と、まことしやかに囁かれ始める。そんな時、明日香は最終回の場内清掃でミッキー・カーチス演じる老人に出会う。老人は、劇場の出口とは反対の扉から出て行くと、忽然と姿を消してしまう。まさに写真に写っている老人だ!ということで社員は大騒ぎになるのだが、このカラクリが上手い。老人は、どこに消えたのか?は、ここで明かすわけにはいかないが、なるほど…映画館ならではの特徴が見事に組み込まれているのだ。その顛末の先には映画館愛に満ちた素晴らしいものがあるとだけ言っておこう。
 最後に思うのは、『大黒座』が幸せな映画館であったのは間違いないということら。ここ十数年の間には、サヨナラ興行すら行われず、いつの間にか「あれ?あの映画館、潰れちゃったのか?」と、閉館して何日も経ってから、ささやかな話題に上る程度の映画館の方が多いのである。エンドロールで映し出されたスチールの中にもそんな映画館が幾つもあった。映画人として感傷に浸るのも良いと思うが、この作品を閉館した映画館のレクイエムにしては決していけないと思った。

「たった一本の映画で、人生がまるっきり変わっちゃうんだよ」明日香に謎の老人が言うセリフ。そうだよね。たかが映画、されど映画…観客にとってはかけがえのない価値があるのだ。

【時川英之監督作品】

平成27年(2015)
ラジオの恋




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