犬と私の10の約束
世界中が涙した短編詩『犬の10戒』から生まれた、犬のソックスと少女の絆を描く感動作。
2008年 カラー ビスタサイズ 118min 松竹
製作 北川淳一 企画 福島大介 プロデューサー 吉田繁暁 監督 本木克英 音楽 チョ・ソンウ
原作、脚本 澤本嘉光、川口晴 撮影 藤澤淳一 照明 豊見山明長
美術 西村貴志 編集 川瀬功 主題歌 BoA
出演 田中麗奈、豊川悦司、加瀬亮、福田麻由子、池脇千鶴、布施明、高島礼子、佐藤祥太、
ピエール瀧、相築あきこ、笹野高史、岸辺一徳、矢島健一、大沢あかね、海老瀬はな、藤井美菜
楽しい時も、淋しい時も、犬は黙ってそばにいてくれる。もし、犬たちが人間の言葉を話せたら、いったい私たちに何を望むのだろうか?そんな疑問に答えてくれる作者不詳の短編詩「犬の10戒」が今、世界中で静かなブームを呼んでいる。『ゲゲゲの鬼太郎』の大ヒットが記憶に新しい本木克英監督は、メガホンを取り、ソフトバンクモバイル「予想外」シリーズや東京ガス「ガス・パッ・チョ!」等のCMを手掛け、2回に渡りクリエイター・オブ・ザ・イヤー賞を受賞した、注目のCMプランナー、澤本嘉光が脚本を担当。また、韓国映画音楽界の巨匠と称えられ、『八月のクリスマス』、『四月の雪』などの心を揺さぶる美しい旋律を作曲したチョ・ソンウが音楽を手掛けている。主題歌を人気アーティストBoAが歌うのも大きな話題である。成人したあかりを演じるのは、近年女優としての成長が著しい、『ゲゲゲの鬼太郎』の田中麗奈。あかりの幼なじみで、再会して恋人となる進には、『それでもボクはやってない』の若手個性派俳優、加瀬亮。少女時代のあかりには、『Little DJ 小さな恋の物語』の福田麻由子。そして、父・祐市にはシリアスな役どころからコメディまで、幅広い演技で高く評価されている豊川悦司。あかりの人生に関わる彼ら一人一人とソックスの交流も丹念に描かれることによって、犬は飼い主に豊かな愛情を与えてくれるだけでなく、関わった人々の傷ついた心を癒し、さらに人と人の絆さえも結んでくれる素晴らしい友達なのだと教えてくれる。主な撮影は、2006年の秋から翌年春にかけて、北海道函館市と旭川市の旭山動物園で本格的なロケを敢行したのも話題である。
※物語の結末にふれている部分がございますので予めご了承下さい。
北海道の函館で暮らす14歳の斉藤あかり(福田麻由子)は、大学病院に勤める父・祐市(豊川悦司)と母・芙美子(高島礼子)のおおらかな愛情に包まれて、楽しい毎日をおくっていた。あかりに不満があるとすれば、優秀な医師として将来を期待されている父が忙しく、あかりと顔を合わせる時間すら取れないことくらいだった。ある日、いつも元気で明るかった母が、体調を崩して入院してしまう。心配と淋しさで胸を痛めていたあかりのもとに、一匹の子犬が迷い込む。あかりは子犬を連れて母を見舞い、飼うことを許してもらう。前足の片方だけが靴下を履いたように白いゴールデン・レトリーバーを"ソックス"と名付けるあかり。母は、犬を飼うときは「10の約束」をしなければならないと教えてくれる。しかし、家族に囲まれて満開の桜を楽しんだ母は、夏が来る前にこの世を去ってしまう。突然の別れにショックを受けたあかりを癒してくれたのは、ソックスだった。ソックスがそばにいるだけで、悲しみで冷たくなった心が、ゆっくりと温まっていく。やがて、あかりのために大学病院を辞め、開業医となった父は、少しずつ家事を覚え始める。父と娘、そしてソックスは、やっとひとつの家族になれたのだ。それから7年、22歳になったあかり(田中麗奈)は、大学の獣医学部に通っていた。ある日、あかりはギタリストになる夢をかなえて海外留学から帰国した幼なじみの進(加瀬亮)と数年ぶりに再会する。懐かしい面影に惹かれあい、2人はあっという間に恋におちた。やがて、大学を卒業したあかりは、子供の頃から憧れていた旭川市の旭山動物園に就職する。ソックスがやって来てから10年が経った年、あかりに見守られながらソックスは静かに永遠の眠りにつくのだった。
正直、かつてペットを飼った経験がある人(犬に限らず)にとって本作のような題材は涙腺が緩んでしまい実にしんどい(よい意味で…ですよ)。『ゲゲゲの鬼太郎』も好調な元木克英監督の最新作は、インターネットで話題となった短編詩“犬の十戒”を元に10年に渡る犬と飼い主の心の交流を描いた心温まるドラマだ。犬の視点で語られる十戒の中にある「私は10年くらいしか生きられません。だから、できるだけ私と一緒にいてください」という一文が飼い主は、身に染みて理解しているだけに辛いのだ。人間の1日とペットたちの1日は圧倒的に重さが違う。ウサギ(犬と同様に10年が寿命)を飼っている筆者も、この約束事が守られているか、常に自問自答している。観ながら、ウチの子もこんな事考えているんだろうか?などと思い巡らしていた人は結構多かったのではなかろうか?それほど、元木監督は物語が存在しない原作から見事にソックスという名のゴールデンレトリバーを中心としたドラマを完成させたものだと感心してしまう。
勿論、イイ映画になるには人間ドラマもしっかりしていなくてはならない。父親が医者であるために誕生日にも帰ってくれない寂しさから子供心に犬を飼って欲しいとせがむ主人公(子役の福田麻由子と成人した田中麗奈がリアルに似ている。)…と、ここまでは誰もが同じようなおねだりした経験があるだろう。しかし、この十戒を理解した上の覚悟でペットを飼う子供は、当たり前だが少ない。ソックスを家族の一員として過ごした10年の歳月の中には、飼い主(当たり前だが人間)の身勝手さもしっかりと描いているのは評価したい。子供向け映画だからって理想的な物語にしてしまっては意味がないのだ。風光明媚な函館を舞台に季節の移り変わりと共に優しく描く元木監督は、「松竹大船調の作品に仕上げたかった」と語っていたが、その言葉通り、単なる動物ものとして終わらせるのではなくしっかりと人間ドラマを軸とした作品になっていた。本作は、犬(ペット)を家族の一員として捉えている事で往年の松竹大船映画が描いてきた家族ドラマを現代に復活させたわけである。父と娘がソックスを中心に10年の歳月で成長していく過程を追うことで、田中麗奈も彼女の幼なじみ役を演じるの加瀬亮も自然体の演技に徹しており、それが上手い具合にドラマの雰囲気を邪魔することなく場面の中に溶け込んでいた。CMで部下と上司を息のあったリズムで演じた田中麗奈と豊川悦司が今回は親子役で共演。仕事ばかりで家庭を顧みなかった父親から、妻の死を境に家族の大切さを理解していく父親を豊川悦司が好演している。家事をしたことがない父親が娘とソックスによって次第に変わってゆくのは和製“クレイマー、クレイマー”のようでもあり(オムレツを失敗していた家事不器用な父が朝食を手際良くこさえてしまうところなんか特に…)面白い。主人公あかりが少女から大人に変わってゆく過程でソックスを邪魔者扱いするシーンがある。ドキッとする。人間って勝手な生き物だ…そして弱い生き物だ。だから神様は犬を作ったのだ…という冒頭に出てくる言葉が効いてくる。ソックスが最期の時を迎えようとしている時、側に付いているのが父親であり、動物園の獣医として働くあかりが「別の動物の手術があるから帰れない」と言うと優しく「待っている」と言える父親になっているのが涙を誘う。
「私が死ぬとき、お願いです。そばにいてください。そして、どうか覚えていてください。私がずっとあなたを愛していたことを。」映画の名台詞ではないが、“犬の十戒”の最後の言葉である。