罪とか罰とか
前代未聞の超ド級ブラックコメディ。

2008年 カラー ビスタサイズ 110min 東京テアトル
企画 榎本憲男 監督、脚本 ケラリーノ・サンドロヴィッチ 撮影 釘宮慎治
美術 五辻圭 音楽 安田芙充央 照明 田辺浩 装飾 龍田哲児 録音 尾崎聡
出演 成海璃子、永山絢斗、犬山イヌコ、大倉孝二、山崎一、奥菜恵、安藤サクラ、市川由衣
佐藤江梨子、六角精児、高橋ひとみ、串田和美、麻生久美子、石田卓也


 16歳の天才女優・成海璃子、本格コメディ初挑戦!ひょんなことから一日警察署長となった売れないグラビアアイドル、アヤメは思い続けていた元カレ・春樹と再会する。戸惑いを隠せないアヤメ。春樹にはアヤメだけが知る秘密があった。そして大事件が起こり事態は意外な方向へ! ケラリーノ・サンドロヴィッチ(以下、KERA)監督3作目となる『罪とか罰とか』は、え!? と まさか!でたたみかける衝撃満載の作品だ。本作が本格コメディ初挑戦となる成海璃子は、ドラマ「瑠璃の島」や「ハチミツとクローバー」、映画『神童』などでの正統派美少女としての輝きから一変、崖っぷちグラビアアイドルの悲壮感を漂わせ頭をど突かれたり鼻血を出したりという、イケテなさぶりをキュートに表現し、新たな魅力で観る者を惹き付ける。まさにKERA作品的なヒロイン像を体当たりで演じ、コメディエンヌとしての魅力を存分に開花させている。KERAが生み出す、彼以外の誰にも思いつかないだろう奇想天外なストーリーと、新しくてハイセンスかつブラックな笑いの世界は、なぜか主人公とはまったく関係のない中年サラリーマン・加瀬の日常を追うプロローグで意表をつくなど、徹底したこだわりが炸裂している。すべてにおいて計算され尽くされたKERA流ブラックコメディ。1カットたりとも目が離せない新しいコメディ映画の誕生となった。アヤメの元カレ、春樹役には新鋭・永山絢斗。アヤメを叱咤激励しながらも事態をどんどんややこしくするマネージャー・風間に、KERAの相棒ともいえる犬山イヌコ。常連の大倉孝二、山崎一、奥菜恵ほか、安藤サクラ、市川由衣、佐藤江梨子、六角精児、高橋ひとみ、串田和美、麻生久美子、石田卓也ら豪華キャストが一癖も二癖もあるキャラクターで続々登場するのも見所だ。


※物語の結末にふれている部分がございますので予めご了承下さい。
 アヤメ(成海璃子)はいまいちイケてないグラビア・アイドル。同じ日にスカウトされた同級生・耳川モモ(安藤サクラ)は売れに売れ、今日もグラビア雑誌「Nadeshiko」の表紙を飾っている。アヤメのページだけが逆さまに印刷されているダメっぷりだ。マネージャーの風間(犬山イヌコ)からは、いつも励まされているのだが、モモへのコンプレックスのせいで、アヤメは時々自分をバカにするモモの幻影を見る。コンビニで「Nadeshiko」を衝動的に万引きしてしまうアヤメ。が、あっけなく捕まり、見越婆(みこしば)警察署のメ一日警察署長モをすることになる。午前中で終わる簡単な仕事のはずだった。しかし「一日警察署長なのだから夜中の12時まで署長を務めろ」と奇妙な理屈で閉じ込められてしまう。署長達は皆アヤメに指示を仰ぐ、なぜか?戸惑うアヤメ。しかも、自分を担当してくれる刑事は元カレの春樹(永山絢斗)である。実は彼には恐ろしい秘密があった。彼は刑事でありながら殺人癖(愛するあまりつい殺してしまう)のある超イケメンなのである。けれどアヤメは心のどこかで春樹を忘れられないでいる。突然の再会にアヤメの心は揺れまくる。実はこの日の朝、春樹は恋人(佐藤江梨子)をマンションのベランダから突き落として殺してしまっていたのである。しかもアヤメはその殺人現場の目撃者(段田安則)から春樹が犯人である証拠となるスケッチブックを受け取ってもいた。しかし春樹が犯人であることをまさか自分の口からは言い出せない。一方、春樹が恋人を突き落としたマンションの隣の部屋でコンビニ強盗の計画を練っていた男二人と女一人の怪しい三人組(大倉孝二、奥菜恵、山崎一)は、ついに犯行を決行。その時たまたまコンビニに居合わせたモモと風間マネージャーが連れ去られる。そのニュースを署長室のテレビで見るアヤメに指示を仰ぎに迫る署員。パニクるアヤメ。春樹の声が飛ぶ。「署長は署長なんですよ!」果たしてアヤメは事件を解決することが出来るのか!?


 よく、こんな危険な題材の映画を作ったな…しかも、邦画で。と、いうよりも鳴海璃子がよく出演したなぁ〜というのが正直な感想。ケラリーノ・サンドロヴィッチ監督が描く不条理な世界は、単なるブラックユーモアと位置付けるには、あまりにも過激だ。“罪と罰”という名作タイトルに“とか”という若者文化が生み出した「物事を不確実なものにしてしまう」新言語を加える事でドフトエフスキーの時代とは別の現代的な贖罪を求めるドラマが仕上がったわけだ。物語は、いきなり段田安則演じるうだつの上がらないサラリーマンの生と死から始まる。毎朝、お気に入りの女の子が働くコンビニで買い物をして通勤電車で軽めの痴漢行為を楽しみにしている、多分大多数の人間にとって、どうでもいい男。そんな一人の男の死というものが持つ重大性は、本人と関係者(身内とか?)だけに止まり、関係ない人間にとっては、ひとつの事柄に過ぎない。そう考えると世の中不条理だらけ…自分を取り巻くほぼ100%に限りなく近い他人の起こす行動や自分への無関心は不条理この上ない真実なのである。カフカの大ファンを自称しているケラリーノ監督だけに、全編を通して、世の中から発せられる不協和音がノイズのように流れているのが興味深い。
 鳴海璃子が演じる売れない崖っぷちアイドル円城寺アヤメ(まず、このキャラクター設定で彼女にオファーした勇気に脱帽)は一日警察署長を引き受けるのだが、そこで再会したイケメンの元カレ(永山絢斗…今後、期待できる演技派だ)は殺人衝動を抑えきれないシリアルキラーで、今では刑事として活躍…しつつも相変わらず連続殺人は継続中で、しかもそれを副署長も黙認しているというパラノイドパークに放り込まれたアヤメは、さながら“不思議の国のアリス”といったところか?最近はドコモのCMに出演したり何かと忙しい彼女だが、このままアイドル路線に行ってしまうのかと思いきや『神童』で見せた可愛いだけじゃない演技力を久しぶりに披露してくれて安心した。シリアルキラーの恋人との掛け合いなんか最高のコメディエンヌぶりを発揮している。次々と繰り広げられる殺人劇に、今の世の中を合わせ見るつもりはないが、やはり異常犯罪が多発する現代社会が、一瞬垣間見えたりすると薄ら寒いのを感じてしまう。このキワドイ脚本…演じる俳優もかなり高度な演技力を要求される。殆どなじるか罵倒するだけの役に挑んだ奥菜恵といいトラックの助手席でわけのわからない音楽で瞑想にふけるだけの麻生久美子といい…こんな役は、多分この先一生無いであろう。対するそれぞれの彼氏を演じる大倉孝二と奇人・大鷹明良がしっかりと受け止めているおかげで、今まで見たことがない面白い演技を引き出す事に成功している。中でも特筆すべきは、安っぽい(とはいえ売れている)グラビアアイドル耳川モモを演じた安藤サクラだ。かなりぶっ飛んだ勘違い女ぶりを見事に表現。途中から哀れで哀れで仕方なくなる。アヤメのコンプレックスの象徴で度々、妄想の中に出てくる彼女は最高だ。
 観終わっても、しばらく現実の世界に戻るのに時間を有した本作。作中にトラックに引かれた段田安則の体内から流れる血と潰れた卵から流れる黄身が融合するシーンがあり。本作は、そのようにルイス・ブニュエルのシュールリアリズムの中にケラリーノ監督独特の色を流し込んだような映画だ。

「あたしのページが逆さまなのではなく他のページが逆さまなの」 出版社のミスで逆さまに印刷されたグラビアアイドルがラスト近くで悟る。正にこの映画のテーマがこのセリフに集約されている。

【ケラリーノ・サンドロヴィッチ 監督作】
フィルモグラフィー

平成15年(2003)
1980

平成19年(2007)
グミ・チョコレート・パイン

平成21年(2009)
罪とか罰とか




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