カフーを待ちわびて
「嫁に来ないか? しあわせにします。」 少しの本心を交えて絵馬に書いた願い事。どこかにそれを読む人がいて、絵馬に返事が来ました
2009年 カラー ビスタサイズ 119min エイベックス・エンタテインメント
企画 劔重徹、高木政臣 監督 中井庸友 脚本 大島里美 原作 原田マハ 撮影 加藤政鷹
美術 石森達也 音楽 池頼広 照明 中根静二 編集 森下博昭 録音 小松将人
出演 玉山鉄二、マイコ、勝地涼、尚玄、瀬名波孝子、宮川大輔、ほんこん、伊藤ゆみ、白石美帆
高岡早紀、沢村一樹
生きることに少しずつ傷つきながら遠く離れたところで暮らすふたりに、あるはずのなかった出会いが訪れる。これは誰もが求めていながら、本当にやってくることを信じる純粋な気持ちを忘れがちな、ちいさなしあわせについての物語。今まで知らなかった他人を、心から大切に思う気持ち。そばにいてくれるだけでそれがしあわせだと教えてくれるはず。長編処女作『ハブと拳骨』で、60年代の米軍基地の周辺で慎ましい生活を営む家族の愛と悲しみを描いた中井傭友監督は、二作目にあたる本作で再び沖縄を舞台に選び、日常のなかに立ち現われる小さな恋の奇跡の物語を描き出した。主人公の友寄明青には、近年数々の映画で感受性の高い演技を披露し、若手実力派俳優として成長著しい玉山鉄二。本作では内面の感情を押し殺した青年の純粋さと心の内面のドラマを瑞々しく演じている。彼の日常に舞い降りる不器用な天使のような幸(さち)には、マイコ。『山のあなた〜徳市の恋〜』で草剛の恋する女性役に大抜擢されて女優デビューし、二作目にあたる本作でミステリアスな存在感をいかんなく発揮している。他、勝地涼、尚玄、宮川大輔、ほんこん、白石美帆(友情出演)、伊藤ゆみ、高岡早紀、沢村一樹といった俳優たちが、人々の心の綾を織り成す小さな島の物語にバラエティ豊かな彩を与えている原作は第一回日本ラブストーリー大賞受賞の同名の長編小説(原田マハ著)。現代の日常にはありそうもない「絵馬をきっかけにして出会う男女」と「沖縄で偶然出会った犬カフー」いうアイデアを、確率論を超えて信じさせる筆力は見事。幸の秘密が解き明かされるラストには誰もが号泣させられるだろう。
※物語の結末にふれている部分がございますので予めご了承下さい。
青い海に囲まれ、ゆったりとした時間が流れる沖縄の小さな島。雑貨店を営んでいる友寄明青(玉山鉄二)は、愛犬・カフーと穏やかな暮らしを送っている。食事は、おばあと慕うミツ(瀬名波孝子)のところで世話になっている。ある日、明青が家に帰ると、一通の手紙が届いていた。「幸(さち)」という女性が差出人で、手紙には「私をあなたのお嫁さんにしてください」と書かれている。幸は、以前明青が、縁結びの名所として有名な遠久島の飛泡神社に残した絵馬を見て手紙を送ってきたのだ。明青は、絵馬に「嫁に来ないか。幸せにします」と書いていた。幸は手紙でさらに、近々明青を訪ねてくると告げていていた。数日後、明青がカフーと散歩していると、カフーがいきなり浜に向かって走り出す。ひきずられるようにして浜に着くと、そこには真っ白なワンピースを着た、長い髪の美しい女性が立っていた。明青の家を探していた彼女は、目の前の男性が明青だと分かると満面の笑みを見せる。こうして、謎めいた天真爛漫な女性・幸(マイコ)は明青の家にやってきた。そして、二人の日々が始まる。その頃、島にリゾート開発プロジェクトが持ち上がっていたが、明青は頑に家を売る事を拒んでいた。それは、幼い頃に出て行った母親(高岡早紀)が戻ってくるかもしれないという思いがあったのだ。そんな明青におばあは「家を売って、お転婆娘を幸せにしてやれ」と言うのだった。明青の初恋の相手である成子(白石美帆)から、幸がリゾート開発プロジェクトの責任者・高木(沢村一樹)が明青を説得させるために送り込んだ女性だと知らされる。ショックを受けた明青は、幸に向かって成子と結婚すると嘘をついてしまう。だが、幸には明青に伝えられなかった秘密があった。果たして幸がこの島に来た本当の理由は何だったのか?全てが誤解だったとわかった時、明青はある行動に出るのだった。
最近、多くなったパステルカラーの淡い色彩に彩られた恋愛ドラマ。やはり、こんな時代のせいだろうか…観ていると確かにホッとさせられる。主人公の青年が何気に書いた絵馬「嫁にこないか?幸せにします」この少ないながらも誠実さに満ち溢れた言葉から物語は始まる。沖縄を舞台に描いた原田マハの同名小説は優しく主人公と彼を取り巻く人々を見つめている。透明感溢れる文章を中井康友監督は忠実に映画化しており、主人公の明青を演じる玉山鉄二と彼の元に突然現れた女性を演じたマイコの二人は原作のイメージ通りだったのが嬉しい。エメラルドの海に囲まれた小さな島でキレイな女性がうだつの上がらない主人公の元にやって来て俄かにざわつくあたりは微笑ましくて仕方ない。はたして彼女は何者なのか?青年の絵馬を見て「書かれている言葉が真実なら…」と、やって来たというが…最後まで謎を含んだまま物語が進むドキドキ感のある緊張が妙に心地良い。中高生の若い恋愛ならば流行りの携帯小説で、その時その時の一瞬を切り取るには最適だと思うが、本作のようにゆっくりと主人公たちの距離が近づく過程を描くには、やっぱり原稿用紙だと思う。何故こんな事を語るかというと、本作ほど文字に対する重みを描いた作品はないからだ。明青の書いた絵馬の文書を読んだ幸が、明青に一通の手紙をしたためる。最初、二人の間を結ぶのが手書きの文字なのだ。お互いに会ったことがない相手を文面や書体から想像する…最近そんな体験していないなぁ〜と映画を見ながら思った次第。
幼い頃、母親の不注意から右手に大火傷を負った明青。その母親も彼を残して出て行った事から、彼の右手にはふたつの大きな傷が十字架のように重なり合う。彼は、右手の火傷痕を見る度に出て行った母を思い出すのだろうか、周囲の者たちが心配する程、女性に対して後込みをする。白石美帆演じる幼なじみで初恋の女性とも進展するでもなく遠巻きに彼女を見守っているだけだ。中井監督の上手いところは、母親が家を出て行った時点から変化を恐れている明青と対照的に、リゾート開発という変化の波に飲まれようとする島民たちのギャップを巧みに取り込んでいるところだ。映画的に考えれば、こうしたサイドストーリーは割愛する選択があっても不思議ではないのだが敢えて主軸のドラマ―変化とは無縁の男女の恋愛―をより明確にするため島民たちとの確執を描き、その作戦は見事に成功している。島の発展のために立ち退く住民と立ち退きを頑なに拒み孤立する主人公。ここで、“変化を求めるもの”と“不変のもの”の対比が上手く描かれている。“不変のもの”とは、ベタな表現ではあるが「愛」である。明青が立ち退きを拒むのは、出て行った母親が「いつか戻ってくるのでは?」という一途な思いから…。その一方で、突然やってきた幸の「愛」が真実のものなのか?というのが焦点になっている。タイトルの“カフー”とは“幸せ”という意味。明青の世話をするユタ(イタコや霊媒師みたいなもの)のおばあ(沖縄在住の瀬名波孝子が素晴らしい!)と3人で囲む食卓の光景は正に幸せそのものだ。原作には描かれていなかったラストシーンに、分かってはいるものの、ホッと安心させられる。
「我慢しないといけない時は、胸の中で1、2、3…と3つ数えるんだよ」 明青が子供の頃、母親に教えられた言葉。この言葉がある種の主人公の鎖になっていたのだが、ラストでこの鎖を断ち切る効果的なセリフとしても使用されている。