宮城野
彼江戸の裏街…女郎・宮城野の命を賭けた「情」と「業」。謎の浮世絵師「写楽」の背後に蠢く女と男の哀切の物語。

2008年 カラー ビスタサイズ 77min 「宮城野」抱え主一同
監督 山崎達璽 原作 矢代静一 脚本 酒井雅秋 撮影 瀬川龍(J.S.C) 照明 原由巳 美術 池谷仙克
音楽 野崎良太(Jazztronik) 録音 鴇田満男 助監督 藤嘉行 振付・所作指導 藤間貴雅
女流義太夫 竹本綾之助(四代目)、鶴澤寛也 三味線指導 松永鉄駒 浮世絵 歌川国政
チーフプロデューサー 戸山剛 ゼネラルプロデューサー 荻野友大 プロデューサー John Williams
エグゼクティブ 四宮隆史
出演 毬谷友子、片岡愛之助、樹木希林、國村隼、佐津川愛美

(C)『宮城野』抱え主一同


 『夢二人形』(98)が日本から最年少でカンヌ国際映画祭へ正式出品。新人部門のオープニング上映という最高の栄誉をもって迎えられ、イギリス・イタリア・韓国などへも招待、国内外の注目を集めたクリエイター山崎達璽監督が手掛ける。伝統芸能と現代のアートシーンのハイパー・コラボレーションされた本作には珠玉のスタッフが集結している。美術監督には『さらば箱舟』や『陽炎座』等で寺山修司と鈴木清順の独特の世界観を生み出した池谷仙克。撮影は『ぼくたちと駐在さんの700日戦争』の瀬川龍が各々務めている。また、本作に登場する浮世絵(主人公が浮世絵を描く手タレとしても登場)を描くのは、浮世絵の名門、歌川の名を継ぐ歌川国政。初代・歌川豊國は写楽のライバル的存在として知られた歴史上の人物である。主演の宮城野に扮するのは元宝塚歌劇団・雪組スターで、数多くの舞台に立つ毬谷友子で、本作の原作者・矢代静一は彼女の実父である。彼女は出演にあたって、父親が生涯作品のテーマとして追い求めていた「魔性と聖性」を持った女性の原点である宮城野を全身全霊をかけて、演じたいと語っていた。矢太郎を演じる六代目片岡愛之助は幅広い年齢層の女性ファンから絶大な支持を受けている歌舞伎界のホープとして注目されている。また共演者として脚本を読んだ段階から「この監督のやりたいことは解った!私が出なきゃいけない映画です!」と出演を即決した樹木希林。写楽に扮するのは近年、正に骨太の演技派俳優として活躍する名バイプレイヤー國村隼。そして写楽の孫娘に扮するのはベテラン出演者の中で唯一の十代で『蝉しぐれ』『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』の演技が高く評価された若手実力派女優である佐津川愛美が堂々たる演技を披露している。


※物語の結末にふれている部分がございますので予めご了承下さい。
 寛政六年…江戸の処刑場に縄でしばられた一人の女郎がいた。彼女の名は宮城野(毬谷友子)といい、当代随一の天才浮世絵師、写楽殺しの罪で、今まさに処刑されようとしていた。殺しの証拠は、一枚の、写楽の傑作浮世絵“宮城野”。彼女の口からその“宮城野”にまつわるいきさつが語られるのだった。年増女郎である彼女の元に頻繁に訪れるニセ絵師・矢太郎(片岡愛之助)は、師匠である東洲斎写楽(國村隼)から絵の才能を認められず、日々苦い思いを抱いて暮らしていた。そんな彼が心を休められる場所が宮城野のいる女郎屋だったのだ。かつて矢太郎に助けてもらった宮城野は、そんな矢太郎をいつも優しく包み込んでくれていた。ある日、彼を慕ってくれている写楽の孫娘・おかよ(佐津川愛美)の事で弥太郎は写楽を手にかけてしまう。その足で一枚の浮世絵“宮城野”を手に彼女の元に現れる矢太郎…やがて女と男の哀切の物語が浮かび上がるのだった。


 俗にアート系とかアート指向の強い作品と呼ばれているものは数多く存在するが、作り手のセンスそのものに疑問を抱いてしまう作品も少なくない。この手の作品は作家性を強く打ち出さなくては成立しないわけで、ある意味クリエーターの独断場が必要だ。それだけに作家本位のワケが分からない作品も多くなってしまう。だから本作のようなセンスの良い作品に出会うと嬉しくなってしまうのだ。文学、絵画、古典芸能、美術、演劇が本作では、全てが絶妙なバランスの上に成り立ち、見事に混在し融合している。劇作家・矢代静一が書いた戯曲をかなり大胆な手法で映画化した本作。観終わって、篠田正浩監督作品『心中天網島』を思い出してしまったが、なるほど…山崎達璽監督は自身のホームページでも紹介している通り、かなりインスパイアされていたようだ。しかし、本作における表現手法は独特で、しっかりと山崎監督の世界観が確立されているのが見て取れる。
 中でも印象に残るのは夜鷹となった宮城野が妹のところに稼いだお金を生活費として持って行くシーン。夜の背景となる黒バックとチラつく雪の白とのコントラストが美しく、妹が宮城野に発した言葉を敢えて音にせず、口元のアップだけで見せる演出に思わず唸ってしまった。他にも、遠景シーンを紙人形によって表現するイマジネーションも凄い。山崎監督のような若いクリエーターに、まるでベテラン監督のような映像を作り上げられると、ドキッとしてしまう(しかも初長編映画でだ)。また、歌川国政の手による版下をなぞって偽絵を描くシーン(愛之助が左利きのため左手で描かなくてはならなくなって苦労したと語っていた)での筆の動きは、ビクトル・エリセ監督作品『マルメロの陽光』を彷彿とさせる。こうした描写は、よほど絵画に精通していないと出せない面白さだと思う。ここに山崎監督の日本古来より伝わる伝統美に対する造形の深かさがうかがい知る事が出来る。また、このシーンで薄暗い部屋の中に浮かび上がる浮世絵“宮城野”のライティングが素晴らしい。こうした光と影の使い方によって映像がより奥深い物になっていたことは間違いない。
 最後に…そのセンスの良さが最大限に現れているキャスティングの素晴らしさに言及させていただく。出演者を5人に絞り、その他を黒子にする事で主題をより明確化しているだけに1人に課せられる責任は大きい。その期待に見事に応え、全ての出演者が素晴らしい演技を披露しているのだ。特に…よくぞ、主人公・宮城野に元宝塚歌劇団の娘役トップスターの毬谷友子を採用したという点。まず、これが大正解だったと冒頭の数分のシーンだけで納得できる。縄で縛られ、処刑を待つ彼女がカメラに向かって独白を始める表情だけで「宮城野がいる!」と心の中で叫んでしまった。また矢太郎に扮した片岡愛之助との逢瀬での掛け合いは、心地良く耳に響き、引き込まれてしまう。勿論、女郎屋の女将を演じた樹木希林や横暴な写楽を演じた國村隼も良かったのだが…並みいる演技派の中で、まだ10代だった佐津川愛美が堂々たる演技を披露しているところに注目したい。密かに矢太郎に恋心を抱いている写楽の孫娘おかよを好演。純粋な娘心が、時として魔性のものとなる二面性を見事に表現していた。

「あたしが、矢太さんと会うたんびに“めくるめく”んだ。」宮城野が店に来た矢太郎に言うセリフ。“めくるめく”という言葉がこんなに美しいとは…。

【山崎達璽 監督作品】
フィルモグラフィー

平成10年(1998)
夢二人形

平成12年(2000)
三面夢姿繪(みつおもてゆめのすがたえ)

平成15年(2003)
Jazztronik“SET FREE”

平成19年(2007)
宮城野




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