冷たい熱帯魚
ヴェネチアが沸いた!園子温、最高傑作にして金字塔的作品 誕生!
2010年 カラー ビスタサイズ 146min 日活配給
製作 杉原晃史 監督、脚本 園子温 脚本 高橋ヨシキ 撮影 木村信也 美術 松塚隆史
音楽 原田智英 照明 尾下栄治 録音 小宮元 編集 伊藤潤一 原作 入間人間 衣裳 荒木里江
プロデューサー 千葉善紀、木村俊樹
出演 吹越満、でんでん、黒沢あすか、神楽坂恵、梶原ひかり、渡辺哲
2011年お正月第二弾 テアトル新宿ほか全国順次ロードショー
(C)NIKKATSU
ワールドプレミアとなったヴェネチア映画祭で喝采を浴び、その後、続々と世界の映画祭でも熱狂的な支持で迎えられ、今や北野武、三池崇史等に続く世界の映画ファンが注目している日本人監督のひとりとなった園子温。新作『冷たい熱帯魚』はいままでの園作品で脈々と受け継がれ、創造されてきた圧倒的な映像と世界観が、更に昇華を遂げた作品である。本作は監督の実体験と、1993年の埼玉の愛犬家殺人事件や他の猟奇殺人事件からインスパイアされて生み出された物語。監督自らが最高傑作と称している猛毒エンターテインメントは単なる猟奇殺人事件を単に映画化しているだけではない。誰しもが出来るだけ触れずに生きていきたいと願う<死>や<暴力>に対する恐れをダーク・ファンタジーの世界で形成させながら、これでもかと我々に突き付けてくる。想像を絶する世界を体験する主人公・社本をソロパフォーマーとしても活躍している吹越満が熱演。そして社本を絶望へと引きずり込む村田を演じるは、テレビ・映画と幅広いフィールドで活躍し、普段は人の良い役を多く演じてきたでんでん。『羊たちの沈黙』のハンニバル・レクターなどの数多ある鮮烈な殺人鬼と引けを取らない新たなジャパニーズ・モンスターを怪演。村田の妻・愛子を演じるのは『六月の蛇』で数多くの賞に輝き、本作でもその存在を如何となく発揮している黒沢あすか。社本の妻・妙子にグラビア等で活躍した後、近年本格的に女優として活動している神楽坂恵が妖艶にして危うげな女性を演じている。スタッフも美術の松塚隆史、編集の伊藤潤一、音楽の原田智英など園子温の世界に必要不可欠な人材が結集。共同脚本に映画雑誌「映画秘宝」のアートディレクターやライターとして活躍し、本作品の宣伝デザインも担当している高橋ヨシキが参加している。
※物語の結末にふれている部分がございますので予めご了承下さい。
2009年1月14日水曜日 午後9時11分。どしゃぶりの雨の中を一台の車が走っていた。車内には、小さな熱帯魚屋を経営する社本信行(吹越満)とその妻、妙子(神楽坂恵)の2人。娘の美津子(梶原ひかり)がスーパーマーケットで万引きしたため、店に呼び出されたのだ。その場を救ってくれたのは、スーパーの店長と知り合いの男、村田幸雄(でんでん)。村田は同業の巨大熱帯魚屋、アマゾンゴールドのオーナーだった。帰り道、強引に誘われ、村田の店へと寄る3人。そこには村田の妻・愛子(黒沢あすか)がいた。村田は「ひとつ、どうです。美津子ちゃんがここで働くってアイデアは?」と提案。翌朝、アマゾンゴールドには女子従業員たちに交じっている美津子の姿があった。恩人である村田の、強引さに引っ張られるばかりで、為す術がない社本だが、彼はアマゾンゴールドの裏側で、恐るべき事態が進行していることを、まだ知らなかった。数日後、村田に呼び出された社本の前で村田のビジネスパートナー男が毒殺されてしまう。「見ろ!俺に逆らった奴は、みんなこうなっちまうんだ!」と吠える村田。豹変した村田と愛子に命じられるまま、社本は遺体を乗せた車を運転し、山奥にある怪しげな古小屋の風呂場で嬉々として死体の解体作業を慣れた手つきで進める村田と愛子を前に呆然とするばかりだった。細切れにされた肉と内蔵が詰め込まれたビニール袋と、骨の灰を処分する社本。村田の暴走と共に、地獄を体験してゆく社本だったが、追いつめられ遂に思いも寄らぬ反撃に出る。
一体これは何のパロディなのか?社会の日向で堂々と生きている人殺しモンスター。園子温監督が描き出す世界は怒りとか哀しみとか贖罪といった人間の心が一切存在しない外道の世界だ。大型熱帯魚店を経営する村田はビジネスパートナーだろうがなんだろうが自分の意にそぐわない人間を無計画に(本人は完璧だと事ある毎に連呼するが…)殺しては妻と共に細かく切り刻んで山中にバラまく。村田曰わく「透明にしちまえばバレっこない」というわけだ。余りに自信満々な彼の理屈に戦慄を覚えるどころか笑いが起きてしまう。画して、子温監督のグロテスクな殺人ショーは笑いの中で展開されてゆく。今まで人の良いオジサンというイメキャラのでんでんが自分の哲学を声高にしゃへりながら次々と殺人を繰り返すシリアルキラー村田を嬉々として演じているのが凄い!はっきりしているのは、この映画はでんでん無くしてはあり得なかったという事実だ。村田の発する言葉は、現代社会で蔓延している猟奇的な事件や信じられないくらいにキレやすくなっている人間と何ら変わりがない。この男の前では、行方不明になった兄(本当は村田によって透明にされているのだが)を探しに乗り込んでくるヤクザたちの方がまともに見えてくる。結構、でんでんの独特な棒読み的セリフの言い回しって『クライマーズハイ』とか子温監督の『ちゃんと伝える』のような抑揚が無いボソボソ喋る役にこそ有効なのかと思っていたが…。本作の暴発キャラにあの棒読みセリフがピッタリハマるとは思いも寄らなかった。「社本クン!」とまくしたてる姿に面白さと同時に異常者に対する戦慄が走った。ヤバいって…このオッサン。そして、夫婦団欒でまるで食卓を囲んでいるかのように行われる死体解体。グチャグチャの肉片にまみれた妻を演じた黒沢あすかもまた、女優魂を見せつけてくれた。
自分の周囲が明らかに村田に引き込まれてゆく主人公・社本の不安感と疎外感。まともな自分が実は異常なのか?と疑問を抱く子温ワールドは『自殺サークル』で得た感情に酷似している。村田によって家族を洗脳されてしまった社本を演じる吹越満は吹き出しそうな怒りをギリギリまで封印して村田の言いなりになる。この役での吹越は上手いなぁと思う。中盤、余りの社本の不甲斐なさに観客をイラつかせるのは子温監督の確信犯的な作戦だろう。村田が徐々に本性を見せるかと思えば、いきなり社本の妻を犯してしまい、しかも彼女も躊躇なく受け入れるというショッキングなシーンに会場は静まり返ってしまった。(グラビアから見事な転身を果たした神楽坂恵の演じる下品なエロティシズムが素晴らしい)徹底的に救われない家族を描いたと語る子温監督の言葉通り、村田に魅入られた家族が崩壊へと突き進んでいく…その先には希望のカケラすら無い。それだけに豹変した後に見せる吹越の狂気が凄まじく、今まで封印されていた本性が吹き出したかのようだ。子温監督曰わく、社本が村田を殺したところで映画が終わってしまうと面白い映画で終わってしまう。そこで、後半の30分は吹越の猟奇が続く。彼が演じた父親のアイデンティティが崩壊し家族に対しても牙を剥いた時に本当の悲劇と喜劇が幕を開けるのだ。園子温の墜ち行く速度は加速する一方…もはや誰にも止められないだろう。
村田「吉田(被害者)が事故で死んだら泣くか?」社本「泣きません」村田「そういう事だ」すごい!何と強引な持論だろうか…怖いのはナルホドと思ってしまう自分だ。