もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら
私たちの青春は、1冊の本から始まった。
2011年 カラー ビスタサイズ 125min 東宝配給
エグゼクティブプロデューサー 濱名一哉、吉田正樹 総合プロデュース 秋元康 監督、脚本 田中誠
原作、脚本 岩崎夏海 撮影 中山光一 美術 小泉博康 照明 市川徳充 音楽 服部隆之
主題歌 AKB48 録音 小原善哉 編集 大永昌弘
出演 前田敦子、瀬戸康史、峯岸みなみ、池松壮亮、川口春奈、大泉洋、西田尚美、青木さやか、石塚英彦
2011年6月4日(土)全国東宝系ロードショー
(C)2011「もしドラ」製作委員会
2009年12月に発売されて以来、現在も売れ続け、 2011年4月現在、累計発行部数250万部を記録。通称“もしドラ”と呼ばれている「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」(岩崎夏海著 ダイヤモンド社刊)。高校野球とドラッカー、無関係と思われる二つの要素が絡み合うストーリー展開は、感動の青春小説でありながらビジネス入門書にもなっており、ティーンからビジネスマンに至る幅広い層の方たちに読まれ、大きな反響を呼んでいる。その「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」が、多くの読者からの熱い要望に応え、待望の映画化となった本作。総合プロデュースを手掛けるのは、エンタ―テイメントの分野において長年に亘り、数々のム―ブメントを創りあげてきた仕掛け人・秋元康。メガホンをとるのは『タナカヒロシのすべて』、『うた魂♪』を手がけた実力派監督・田中誠。出演は、日本のエンタメ界を席巻中のAKB48の中心メンバーである前田敦子、峯岸みなみ。そして瀬戸康史、大泉 洋をはじめとする注目の若手からベテランまで個性豊かな才能溢れる豪華キャスト陣が感動の青春ストーリーを盛り上げている。
※物語の結末にふれている部分がございますので予めご了承下さい。
川島みなみ(前田敦子)は病床の親友・宮田夕紀(川口春奈)を引き継ぎ、夏の甲子園の予選を1回戦で敗退した都立程久保高校野球部にマネージャーとして入部する。みなみは野球部を甲子園に連れて行くと宣言するが、エースの浅野慶一郎(瀬戸康史)をはじめ部員の大半は練習をサボってばかり、監督の加地誠(大泉洋)は見て見ぬふりという有様だった。引っ込みがつかなくなったみなみは、書店に立ち寄る。マネージャーについて書かれた本を店員に尋ねると、世界中のマネージャーが読んでいると言う『マネジメント』を勧められる。家に帰って読んでみると、それはドラッカーが書いた経営学の本であった。しかしみなみは、この本に書かれていることを高校野球に活かそうと考える。ドラッカーの至言に従い、夕紀や、後輩マネージャーの北条文乃(峰岸みなみ)の助けを借りながら、みなみは部員たちと向き合っていく。次第にその考えが部全体に浸透し、部員たちは真摯に練習に取り組むようになる。そして実力も向上し、甲子園出場も狙えるまでになっていく。その影響は他の部活動にも波及し、高校野球界全体の古いセオリーさえ刷新する。そして、みなみたちにとって最後の甲子園予選が始まる。程久保高校野球部はトーナメントを勝ち上がっていく。しかし決勝前夜、彼らにとって衝撃的なできごとが起こる。
ドラッカーの「マネジメント」(エッセンシャル版というところがミソ)を読んだ女子高生がドラッカーの提唱する経営論を基に弱小野球部再建へと乗り出す…言わずと知れた岩崎夏海による大ベストセラーの映画化だ。AKBのプロデューサーもされていたという作者が書いたものだから、物語の主軸はあどけない女子高生が不釣り合いな経営論のぶ厚い本を持ち歩いて納得したり悩んだりする姿にカタルシスを感じさせる事にある。その点、『うた魂♪』で夏帆の三枚目的な可愛らしさを引き出していた田中誠監督を起用したのは大正解だった。(野球部の)マネージャーになるための参考書として本屋に薦められた本を持ち帰って「えぇっ…これ経営の本じゃん」とブーたれる前田敦子の表情から本作の方向性がよく分かるだろう。見事なのは主人公が「マネジメント」に出会う前、初めて野球部を訪ねるシーンにてダラダラと腑抜けた練習をしている部員に苛立ち「アンタの球なら私でも打てる」とバッターボックスに立つという映画オリジナルのエピソードを挿入したところだ。原作はアッサリと流されているこのシーンにおいて、田中監督はいきなり前田敦子に最大の見せ場を用意したのだ。セーラー服姿でヘルメットをかぶり、腕にサポーターを装着してボックスに立つ彼女は実にカッコ良かった。この前段があるからこそ真摯にドラッカーの精神を受け止め、再び野球部へ戻る主人公の姿に深みが増したのだ。
本作は確かにスポーツものとして観ると荒唐無稽かも知れない。しかし、前述の通り、この映画(勿論、原作もだが)の主人公は野球部マネージャーのみなみとドラッカーの「マネジメント」である。だから汗水流して泥だらけになる部員の画よりも、如何にして「マネジメント」を“野球部”(決して“野球”ではない)に取り入れたか?が最大の焦点となる。実は原作者から田中監督へ唯一出された注文は、「理論の解説をする時にみなみの妄想としてドラッカーの幻影がアドバイスする事だけはしないで欲しい」というものだった。本作の大きな課題はドラッカーの可視化であるのだが『トゥルーロマンス』のようにエルビスが時々現れては主人公にアドバイスする…という王道は封印されたわけだ。そこで田中監督が考えたのは書店の等身大ディスプレイのドラッカーがみなみにアドバイスするというものだった。確かにエッセンシャル版しか読んだ事がないみなみにとってのドラッカーは“ディスプレイのドラッカー”しか知らないわけだから十分理にかなっている。また石塚英彦扮するドラッカーに傾倒している本屋の店員がみなみに「マネジメント」について解説するシーンのビジュアル表現はケレン味タップリで実に楽しく出来ている。今まで流されて考えていた物事を改めて突き詰めていくと自分自身に何が不足しているか…が見えてくる。原作のみなみはスタティックな女の子といったイメージだったが、映画版のみなみは挑発的だったり挑戦的だったりする。勿論、岩崎夏海は執筆中にみなみのキャラクターを同じAKBの峯岸みなみを思い描いていたのに対し映画では前田が演じている違いはあるのだろうが…。心の中に吹っ切れないモヤモヤを抱えている少女(小学生の頃に入れ込んでいた野球への挫折を体験した過去を背負う反動)というオリジナルのみなみ像を前田は見事に作り上げていた。興味深いのはみなみは「マネジメント」で野球部の再建を目指しながら自分自身も見直していた…という自己啓発のドラマでもある事だ。
最後に…やっぱり野球の最後は夕日でしょう。
「企業の目的と使命は“顧客”によって定義されるんだって。でもさ、顧客ってなによ?野球部の顧客って」疑問に思う事から進化が始まる。そのキッカケとなる質問だ。