幕末太陽傳(デジタル修復版)
動乱を喰う世にも痛快な艶笑喜劇!豪華キャストで描く鬼才川島監督初の時代劇!!
1957年 カラー スタンダードサイズ 110min 日活配給
製作 山本武 修復監修 橋本文雄、萩原泉 監督、脚本 川島雄三 脚本 田中啓一、今村昌平
撮影 高村倉太郎 美術 中村公彦、千葉一彦 照明 大西美津男 録音 橋本文雄 音楽 黛敏郎
出演 フランキー堺、南田洋子、左幸子、石原裕次郎、芦川いづみ、金子信雄、山岡久乃、岡田眞澄
梅野泰靖、植村謙二郎、二谷英明、西村晃、菅井きん、市村俊幸、殿山泰司、小沢昭一、小林旭
2011年12月23日(金)テアトル新宿ほか全国ロードショー
(C)日活
45歳という若さでこの世を去った川島雄三監督。『洲崎パラダイス 赤信号』(56)や『しとやかな獣』(62)など人間の性をシニカルかつ客観的に描き、全51作品を世に送り出した。古典落語「居残り佐平次」を軸に、「品川心中」「三枚起請」など様々な噺を一本の物語に紡ぎ上げた本作は、2009年キネマ旬報オールタイム・ベスト映画遺産200 日本映画篇において『東京物語』(53/小津安二郎監督)、『七人の侍』(54/黒澤明監督)、『浮雲』(55/成瀬巳喜男監督)に続いて第4位に輝き、多くの落語家が「落語種を映画にして唯一成功した作品」との太鼓判を捺し、喜劇を生業とする様々なジャンルの文化人たちに愛され続けている川島雄三の代表作である。50年代のオールスター・キャストが織り成す、笑いあり涙ありの江戸の“粋”なこころに、生きることの喜びを感じさせ、閉そくした現代日本に、元気と知恵、そして喝を入れてくれる珠玉の時代劇だ。2012年に100周年を迎える日本最古の映画会社である日活。数多あるライブラリーの中から、後の100年まで残したい1本として、日活および川島雄三監督の代表作である本作をデジタル修復する作品に選んだ。撮影当時のスタッフが修復に携わり、“修復すること”の意義を見つめ直して作業に当たった本作は、単にきれいにするのではなく、57年に製作された当時そのままの状態を復元することに重きをおき、日本映画黄金期の勢いを感じさせる作品として生まれ変わった。
※物語の結末にふれている部分がございますので予めご了承下さい。
明治維新まであと僅かの分久2年、ここ品川宿の遊女屋「相模屋」に登楼したのは佐平次(フランキー堺)の一行。さんざ遊んだ挙句に懐は無一文。怒った楼主伝兵衛(金子信雄)は佐平次を行燈部屋に追払った。ところがこの男黙って居残りをする代物ではない。いつの間にやら玄関へ飛び出して番頭みたいな仕事を始めたが、その要領のよいこと。売れっ妓こはる(南田洋子)の部屋に入浸って勘定がたまる一方の攘夷の志士高杉晋作(石原裕次郎)たちから、そのカタをとって来たり、親子して同じこはるに通い続けたのがばれての親子喧嘩もうまく納めるといった具合。しかもその度に御祝儀を頂戴して懐を温める抜け目のない佐平次であった。この図々しい居残りが数日続くうちに、仕立物まで上手にする彼の器用さは、女郎こはるとおそめ(左幸子)をいかれさせてしまった。かくて佐平次は二人の女からロ説かれる仕儀となった。ところが佐平次はこんな二人に目もくれずに大奮闘。女中おひさ(芦川いづみ)にほれた相模屋の息子徳三郎(梅野泰靖)は、おひさとの仲の橋渡しを佐平次に頼んだ。佐平次はこれを手数料十両で引受けた。あくまでちゃっかりしている佐平次は、こはるの部屋の高杉らに着目。彼らが御殿山英国公使館の焼打ちを謀っていることを知ると、御殿山工事場に出入りしている大工に異人館の地図を作らせ、これを高杉らに渡してまたまた儲けた。その上焼打ちの舟に、徳三郎とおひさを便乗させることも忘れなかった。その夜、御殿山に火が上った。この事件のすきに、ここらが引上げ時としこたま儲けた佐平次は旅支度。そこへこはるの客杢兵衛大尽(市村俊幸)が、こはるがいないと大騒ぎ。佐平次は、こはるは急死したと誤魔化してその場を繕い、翌朝早く旅支度して表に出ると、こはいかに杢兵衛が待ち構えていてこはるの墓に案内しろという。これも居残り稼業最後の稼ぎと、彼は杢兵衛から祝儀をもらうと、近くの墓地でいいかげんの石塔をこはるの墓と教えた。杢兵衛一心に拝んでいたが、ふと顔をあげるとこれが子供の戒名。ことここに至ってとちるのは佐平次の面目にかかわると、真っ赤になって怒る杢兵衛を尻目に、荷物を担いで東海道の松並木を韋駄天のごとく走り去っていった。
昭和32(1957)年といえば日本映画の最盛期にして当たり年である。黒澤明監督が『蜘蛛巣城』『どん底』、木下恵介監督が『喜びも悲しみも幾年月』を発表。飛ぶ鳥を落とす勢いの日活は石原裕次郎の人気に伴い『嵐を呼ぶ男』等の大ヒットを連発する。そんな中、今なお日本映画史に残る名作の上位に必ずランクインされる川島雄三監督の『幕末太陽傳』が公開された。この前年、特飲街(赤線地域の別称)の入口にある飲み屋を舞台にした名作『洲崎パラダイス 赤信号』を発表した川島監督が続いて遊郭を舞台にした本作は古典落語の名作“居残り佐平次”を軸に“品川心中”“三枚起請”などの噺を組み合わせた軽快なピカレスクコメディだ。当時のマスコミ試写で上映終了と同時に一斉に拍手が起こったという程、高い評価を得たにも関わらず興行的にはその年のベスト10にはランクインされなかった。それが時代と共に評価が高まり、2004年キネマ旬報オールタイムベスト映画遺産において堂々4位に輝いている。今回、日活創立100周年を記念してデジタル修復が施された本作。既にオリジナルネガが紛失しておりデュープネガと現存しているプリント版から状態の良いものを選び、そこから画質のムラや傷等を修復、更には当時の録音を担当された橋本文雄が音響修復に携わり限りなくオリジナルに近づける作業によって完成に至った。昔の名作がニュープリントやデジタルリマスターではなく大元の原本から当時の画質を再現するデジタル修復版として映画館のスクリーンに甦るのは大変喜ばしい。近年では東京フィルムセンター監修で黒澤明監督作品『羅生門』の修復を行って話題になったが、今後もこうした取り組みは進めてもらいたいものだ。
川島監督が田中啓一と今村昌平と共に手掛けた脚本は幕末という時代の変革期に主人公・佐平次を軸に遊郭で繰り広げられる人間模様をシニカルかつユーモラスに描いている。何と言っても佐平次を演じたフランキー堺のトリックスターぶりは川島監督の本質を反映しており、ただの町人が武士や金持ち相手に己の才覚ひとつで一泡吹かせるニヒリズムは権力に対する川島流反骨精神の現れでもあった。とにかくフランキーの芸達者ぶりには目を見張る。落語の小気味良いリズム感をセリフや仕草に有して、ただ階段をヒョイヒョイと上がるだけのシーンですら流れるようだ。中でも羽織をフワッと頭上に放りサッと…落ちてくる袖に腕を通す姿は見事(はたして何テイク撮ったのだろうか?)だった。その佐平次に労咳という陰翳を付加しているのは川島監督らしい。また、公開翌年の昭和33年に施行された売春防止法によって姿を消す事となる現代の北品川色街が映し出され売春宿「相模屋」にカメラがズームすると映像は幕末の品川遊郭「相模屋」に変わる。いきなり当時の世相を表すオープニングにも映画界の異端児・川島監督らしさが全開。時代劇を初めて手掛けた川島監督自身の心構えを表現しているようで実に興味深い始まりではないか。この映画は殆ど調布の日活撮影所に建てられた「相模屋」のセットを縦横無尽に登場人物たちが走り回るという構成になっている。美術監督の中村公彦と千葉一彦による見事なセットは、ある意味もうひとつの主役と言って良いだろう。南田洋子演じる売れっ子の女郎こはると、左幸子演じる二枚看板の売れっ子女郎おそめが取っ組み合いの大喧嘩するシーンで俯瞰から据え置きのカメラで二人の姿を捉えているのだが中庭で始まった喧嘩が屋敷内に入り、姿が見えなくなったと思ったら今度は二階の廊下に移動。高村倉太郎のカメラは全てワンカットの長回しで撮影されている…見事だ。日本映画の黄金期が全てこのシーンに凝縮されている。
「こちとら、てめえ一人の了見で生き抜いてきた男だ。首が飛んでも動いて見せまさぁ」フランキー堺演じる佐平次が石原裕次郎演じる高杉晋作に大見栄を切る。その佐平次に労咳という陰翳を付加しているのは川島監督らしい。